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読書メモ:「帝国(原題: A short introduction EMPIRE)」

基本情報

題名:帝国(A short introduction EMPIRE)
副題:なし
シリーズ:《一冊でわかる》シリーズ
著者:スティーブン・ハウ(Stephen Howe)。専門は政治学・現代史。
訳者:見市雅俊。専門は近代イギリス史。
出版:2003/12
発行:岩波書店
ページ数:205ページ
読書の時期:2023/01/11(1日)

感想・評価

感想

 「帝国」という視点で古今東西の帝国を取り上げ、それが「何なのか」「何をもたらしたか」を俯瞰的に捉える世界史本。
 通読して、中華帝国(ないしは、その文化圏)の位置付けが曖昧という感想を抱くのは、読者である私が日本人だからだろうか。むしろ、日本が雑種的であるという訳者あとがきにこそ首肯してしまった。
 しかしそれは部分的というより個人的な、ちょうど自分が仲間に入れてもらえない時に感じるセンチメンタルであって、おそらく本書を評価するにあたり重要な感想ではないだろう。

 本書に関しては、ヨーロッパからみた世界史という視点から完全に脱せてはいないものの、客観性を維持しようとする努力が随所に見て取れる点は評価したい。

 帝国という体制は世界史の中にいくたびも現れ、世界に大きな影響を与えている。また、現代のワイヤードな世界は、これまでになく密接に、そして迅速にエスニック(一定程度のサイズの人間集団と読み替えてもよい)同士を繋げうる。かつて全世界をなんらかの紐帯で繋ごうと試みた帝国について考えることは、現代および未来の世界を考える上で重要な洞察をもたらす。

 帝国という構造体そのものと、帝国がもたらしたものとは別個である。帝国についての道徳的評価もまた、それらと切り離さなければならない。

帝国とは何か

支配領域のなかに複数のエスニック集団を包括し、そのうえで、その政治空間全体に、「中心」部を規範にして何らかの「均質」性を文化的にも実現しようとする政治体、それが帝国である。
(本書p193訳者あとがき)

 結局、帝国が「何なのか」について、本書から読み取れることは上記に集約される。中央集権的な、つまり周縁部の富を中央が搾取するような植民地の形態は、帝国主義的というよりローマ的というべきなのだ。

帝国が何をもたらしたのか

 次に、帝国が「何をもたらしたのか」について。それぞれの帝国によって異なるものの、構成領域に対して帝国の有していた規範(あるいはそれが適用されていたという歴史)を残した。構成要素たる各集団はそれらを受容し、改作し、あるいは拒絶することにより、現在の世界を作り上げている。EUがある意味でハプスブルグ帝国的であるように、コンゴがいまだに紛争地帯であるように、あるいはカナリア諸島のグアンチェ人の場合では、虐殺により消え去ってしまったという結果として。

「帝国主義」という用語について

 帝国主義という言葉は主に近代ヨーロッパの植民地主義に対する批判的な響きを前提とするアナロジーとして(とくに「東側」とされる国家により)濫用されているよう感じられる。しかし、実際のところその用語が厳密に意味しているのは支配、あるいは影響の方法についてであって、その善悪については何も述べていない。当時的に語られる善悪とは「俺たち(アス)」と「やつら(ゼム)」に付帯するレトリックでしかなく、後世においてたやすく逆転する。功罪という二項対立を代わりに導入してみても、やはり普遍的な解は得られそうにない。

結局どういうこと?

 我々の目の前に広がっている世界を説明するにあたって、帝国とは解を導く特定の数というよりも、関数そのもの、あるいは変数と呼ぶべきであろう。つまり、帝国であったことそのものより「どのような」帝国であったのかの方がはるかに重要なテーマなのだ。
 本書は鳥瞰的な概説書であるため、込み入った議論を行うことはできない。しかし、込み入った議論を行うための下地を作るにあたって、得難い洞察を与えてくれる入門書といえる。

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