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獲物の分け前~大滝詠一『NOVELTY SONG BOOK / NIAGARA ONDO BOOK』予告編。

 例年3月21日発売される大滝詠一さん関連のCD、今年は大滝さんのいわゆるノベルティタイプの提供曲のセルフカヴァーした曲が中心の『NOVELTY SONG BOOK』と『LET'S ONDO AGAIN』をヴァージョン・アップした『NIAGARA ONDO BOOK』の二枚組です。

・大滝詠一『NOVELTY SONG BOOK』(SRCL-12450~1/ソニーミュージック ナイアガラ)

 実は今日届いたばかり、通して一回聴いたっきりなので、今回は予告編というかムーンライダーズと大滝さんの関連について書いてみます。

 はっぴいえんどの結成当初、4人でライヴをやるのは難しいということで何人かのアディショナル・メンバーが存在しました。
思いつくところだと、ベースの野地義行さん、ドラムスの松本裕さんにギターとサイド・ヴォーカルの鈴木慶一さんが挙げられます。
その中でも、慶一さんはメンバーになるものだと思っていたことが伝えられていますね。
結局は正式メンバーになることはなく、慶一さんははちみつぱいを結成し、はっぴいえんどと同じ事務所の風都市で活動することになりました。

 ちなみに慶一さんがはっぴいえんどのライヴに参加することになるきっかけは、あがた森魚さんの自主製作盤『蓄音盤』に細野晴臣さんが参加したことだったようです。
そして、あがたさんが製作した映画「僕は天使ぢゃないよ」には大滝さんの曲が使われているだけではなく、大滝さんが(セリフありで)映画に出演していますね。
あがたさんと慶一さんは音楽活動を始める前からの付き合いで、証券会社でアルバイトしていたあがたさんと慶一さんのお母さんが知り合ったことから、あがたさんが慶一さんの家に遊びに行って意気投合したからなのでした。
話は駆け足で進みますが、はちみつぱいというバンド自体があがたさんのバックバンドからスタートしたものなのです。

 1973年9月21日文京公会堂でのはっぴいえんどライヴのサポート・メンバーとして鈴木慶一さんが登場したのはこういった流れがあったからなのです。

 話はずっとずっと進んで、ナイアガラ・レーベルのコロムビア・レコード時代にナイアガラのリズム・セクション~ギター村松邦男さん、ベース田中章弘さん、ドラムス上原裕さんに加わる形で参加したのが、キーボード上田雅人(メリー上田名義もあり)さんやベース光永巌さんというホット・ランディングのメンバーでした。
ホット・ランディングはムーンライダーズの弟分バンドという存在だったことで知られていまして、白井良明さんがムーンライダーズ加入前にテストという形で参加したこともあります。

 1977年後半には上原裕さんの代わりのドラマーとしてムーンライダーズのかしぶち哲郎さんが『ナイアガラ・カレンダー』に参加したことをきっかけにし、『多羅尾伴内楽團VOL.2』や大滝さんのアルバム『デビュー』にムーンライダーズの慶一さん、岡田徹さんに白井良明さんが参加しています。

 ナイアガラ・レーベルの(実質的)空白期間に制作された「ビックリハウス音頭」にはあがたさん、慶一さん、白井さんが参加しています。
ちなみにあがたさんがこの直後に結成したヴァージンVSのキーボードはライオンメリー(上田雅人、メリー上田)さんだったわけですよ。

 大滝さん、慶一さん、あがたさんの組み合わせがここ(「ビックリハウス音頭」)で実現したのでした。
大滝さんと慶一さんの冗談じゃねーやーずは元々大滝さんのアルバム『大瀧詠一』収録「いかすぜ!この恋」に参加していたのですが、このアルバムの「ゆうがたフレンド」で久々に実現したのです。
これはムーンライダーズのプロデュースを大滝さんに依頼したのと近い時期だったかな。。

 ムーンライダーズ、ヴァージンVS、メトロファルス(ホット・ランディングが解散後に発展した形で結成されたバンド)、多羅尾伴内楽團などのその後を考えながら聴くと、このアルバムは更に興味深くなるのです。

 もう少しこのアルバムを聴き込んで、色々と書いてみたいと考えてます。お楽しみに。

 ヴァージンVSのライヴ音源が今年発売されたり、ムーンライダーズのインプロ・アルバムも発売されたりと、今年は色々ありそうな中にこのアルバムを入れても問題ないでしょう。

 今日はまずこんなところで。

 ではまたー。

 


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