彼とわたしのー15ー

「よく我慢できるね」と誰もが言います。
「何も言えないのか」と憐みの目線で問いかけます。
彼と私の両親は、開いた口をふさぐのに懸命でした。言いたい事は山ほどあるのにぐっとこらえて援助してくれたのです。
私は鈍感なのかノー天気過ぎるのか、立ち止まって考える隙も無さ過ぎたのか、「我慢している」感はあまりなかったのです。
確かにつらかったり、いつもぎりぎりで、安定などとは程遠い生活の連続に振り回されてはいたのです。

でも、私は彼と出会った初めからスッピンのままでいられたのです。
言いたい事をそのまま言葉に出来て、思った事感じた事考えた事、そのまま言葉に出来たのです。
感覚の合わない人と居る事程の苦痛は無く、つまらない時間の浪費は無いと思っていました。

度を越し過ぎていたのかも知れませんが、退屈するどころか波乱万丈と云った人生を送る事になってしまいましたが、
私には何よりもの自由さと開放感を感じるものになったのでした。

彼と私は全くの合わせ鏡、根っこ(感じ方、感覚)は似ていても、表現の仕方考え方の違いは事あるごとに顕われて来て、
積み重なって来る度に重く大きくなって来て、恨みに変わり憎しみに変わり、圧し潰されそうにもなっていたのです。

けれども、苦しいのも私だけではなかった。
彼も同じように苦しみつらかった。そう感じた時に、
「も~やめた」「も~いらない」
自分を赦す事にしたのです。

自分で自分を追い詰めて、首を絞めて来たのです。私の中の小さな鬼が日毎に大きな魔王になって鎖でつないでいたのです。

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