手芸の数学力

今年の文化祭は、超超超縮小で、行えることになった。ありがとう、実行委員。萩生田大臣。
我が最終学年は劇と決まっていて、劇というのはけっこう大変である。衣装や背景、小道具大道具、自分たちで作るわけだが、私の配属は小道具と衣装であった。今回問題にするのは、勿論、衣装係としての仕事である。
今年の文化祭は、衣装は出来うる限り自前で用意しようという話になったが、やはり一部のキャラクターは普通の服屋で揃えられそうな格好をしていないので、それだけは作ろうという話になった。そこで衣装係が登場するのである。
イントロおわり。


普通の服屋で揃えられないといっても、たとえばコスプレイヤーなら着るんじゃないか、という服装の場合は、ネットに型紙があるので問題ない。
問題なのは、イラストで見たことはあるけどどんな構造になってるのかよく分からない服装である。私の担当はそんな服だったわけだ。

でも、無理である。
私の家庭科の通信簿には、実技部門で5がついたことがない。玉留めも玉結びも満足にできないし、服の作り方の説明書なんて読んだところで何がどうなって立体的な服に仕上がるのかわからないし。
せいぜい、布の上に与えられた曲線に沿ってミシンを進めることだけだ、私に出来るのは。

……なのになんで衣装係になったかって?
布を切るくらいなら出来るでしょという雑用扱いで引っ張られたのである。人手が欲しかったらしい。

ということで、
「お母さ~~~~~~ん手伝って~~~~」
である。マイマザーは手芸が出来る。
因みに私の5つ下の妹も、誕生日プレゼントにミシンを欲しがるような子なので、そういうの大好きである。もう分からないことと出来ないことは全部頼んでしまおう。
いやぁ!!安泰だなァ!!!!!(最低)


作り始める。
まず、布を切らなければ。あぁ…でも型紙がないんだった。とりあえずお母さんに、こういう形の服が作りたいんだけど、とイラストを見せる。
すると、5分10分と話し合いを重ねるうちに、みるみる型紙が出来上がってくるのだ。

この布の広がり具合なら、多分ここの部分の布を展開するとこんな形。ここの長さはここよりこれくらい長くなるはずで、長方形の布から切り出すならこう線を入れて切ればいい。でもまずは新聞紙で型紙作って合わせてみれば。

10分弱。出来上がりしかわかっていないのに、なぜそう、自力で作り方を考え出せるのだろうか。
…手がかりとなる情報を、見えているもの(出来上がり)から拾い上げ、周りから類似情報をかき集めてきたのである。
私には、お母さんが数学の問題を解いているように映った。東大の、1行だけ書いてあるような問題だ。お母さんは数学が出来ないと自負していて、小4の私が算数を勉強していた辺りから私の算学に首を突っ込まなくなってしまったが、目の前でお母さんがやっていることは、間違いなく、数学の問題を解く時にやることと同じだった。


とりあえず、言われた通りにやってみる。
今度は、同じ大きさの布を用意するミッション。
長方形をした布に1本の直線を引いて、そこで切って2枚になった布が同じ大きさになるかどうか。
できる限り正確に線を引いて、できる限り正確に切り出したつもりだが、妹に確認してもらう。
…さて、2つの布が同じ形をしていることを確認せよ。
これは、私に言わせれば、紛うことなき数学の問題である。合同の証明だ。

父及び数学の先生、しかも担任によると数学の才能が無い私は、ここでしっかり定規を用意するのだ。で、長さを測る。ひとつの長方形に1本の直線を引いて切り出した図形は、ある程度同じ長さや角度であることが確定している箇所が多いから、残り不確定な長さを測ればいいだろうという寸法である。

でも、そんなことしなくたって分かる。妹は迷うことなく2つの布を重ねた。布の縁と縁とを合わせ、ずれていないか確認する。

…………美しい!
なんて美しい証明なんだ。
問題で聞かれているのは、「同じ形であることを証明すること」である。それに、もっともシンプルに過不足なく答えている。

勿論、長さを測ることが間違いとは言えまい。それはそれで正しいだろう。だが、問題では、長さを求めることは聞かれていない。だから、長さを求めるという行為で迂回して答えを出すより、長さを求めずして証明する方が、簡潔で美しい。


素敵だなあ。
その数学的に美しい感覚、私も欲しい。

さて、今度は衣装を着る人間に合わせる作業に本格的に取り掛かろう。といっても、作っている服は、なんと私の衣装である。だから、サイズを合わせる元となる人間はここにいる。

着てみる。うーん。デカい。ぶかぶかである。
ということで、またお母さんは考えをめぐらせてくれる。まずはギャザーを作ってみて。並縫いをして、最後にぎゅっと引っ張って巾着袋みたいに。
…やってみる。布を手繰り寄せた状態を維持できない。うーん、ボツ。
じゃあ、ダーツを作ってみよう。布をつまんで折りたたむと、布の長さは少し短くなる。

やってみたけど、ダーツの数が少なくて、ぶかぶかは解消しきれなかった。
ということで、ゴムを中に縫いつけてみる。合わせたいところに沿う長さに切って、その長さのゴムの両端と布の両端を合わせる。そしたら上手くいった。

…試行錯誤。数学の問題でよくある。
数学の問題というのは、なにも1行問題だけでなく、こう解けばいいよ、とヒントをくれるタイプの問題もよくある。が、大体、その教えに沿ってもつまづくところがある。この方程式、どうやって解を出せるんだろう、とか、この式、解けなくはないけど複雑だしノーミスでやるのは非現実的だな、とか。そうなったら、とにかく持っている知識や解法を総動員して、使えそうな、上手くいきそうなやり方を探すことになるのである。
基本解法─ギャザーやダーツ─は、家庭科の教科書にも載っている。それがじゃあ今現在目の前にあるものに対して上手くいくかどうか、実際にやってみるのだ。お母さんはここでも、数学の問題を解いているかのようだった。


そして、とうとう出来上がった。

気分はるんるんだが、出来上がったからではない。いや勿論出来上がったことは嬉しいが、そんなことより、数学を忌避してきたはずのお母さんの中にある、手芸が持っていた数学の精神世界を目にし、妹に気付かされた証明の美しさを感じ、なんとなく、幸せな気持ちになったのである。こんなに素敵な世界がすごく近くにあったんだ。そして、私の中にこれっぽっちもそんな世界が存在しなかったことに気づけたのがまた、なんとも言えない充足感を生んだのだった。

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