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Une Petite Année ”2020”,Une Grande Année ”2021s”

明けましておめでとうございます。
本当は年の瀬に振り返りを、年初めに抱負を、みたいなPostをしたかったのですが、ワインが美味しくてついつい忘れてました。
先が思いやられますね。

2020年、皆様はどのような1年だったでしょう。
きっと誰にとっても忘れられない1年、知人は「教科書に載る1年だ」と言いましたが、間違いなくその通りだと思います。

この年を振り返る未来は少しでも明るい未来であって欲しい。
もちろんあの憎きウイルスで大切な人を失った人からすれば、どうしても2020年をポジティブに振り返ることは難しいかもしれないけれど、
2020年が不幸の始まりではなく、終わりであって欲しい。
これを願わない人はきっといないでしょう。

さて、僕個人の話をすると、世の中と同じく、
2020年は人生史に残る1年であったと振り返ります。

一番大きな出来事は「転職」。

新卒で入社した会社はいわゆる「誰でも知ってる立派な会社」。
必ずしもカッコいい理由ではなく、「人間関係が嫌で、仕事自体も全く面白くなかった」という甘ったれた理由で退職を決意しました。

そんな理由で仕事をやめて福岡に帰ってきたもんだから、
家族、友人、沢山の人に心配をかけ、お叱りを受けました。
自分自身も自分のことをこんなに嫌いになったことはない1年でした。

でもこんな、2度と過ごしたくない1年だけど、
だからこそ自分に絶対必要な1年だったと、今後どんな人生でも言い切れる自信がある。

甘ったれる自分、見栄を貼るくせに都合の良い言い訳を並べる自分、高い目標を掲げるくせに全然努力しない自分。

でもそこまで堕ちたからこそ、嫌いな自分をまざまざと見せつけられたからこそ、
自分が「好き」と信じたものに対してはフットワークの柔軟さと集中力、誠実さはキチンと持っていることを知ることができました。

幾ら遠回りでも、他人から見て良さがわからないものでも、自分が良いと思ったことなら進み続けることができる。
こんだけ堕ちた1年で見つけた唯一の自信。

だからこそ、転職先に「酒屋」を選んだことに一切の後悔はないし、むしろワクワクが止まりません。

学生の頃からずっと好きだった、「音楽」「本」「コーヒー」「クラフトビール」「ナチュラルワイン」。
今の職場がとても柔軟で自由な場所だからかもしれないけど、この自分の好きなもののほぼ全てに「酒屋」として関わることができる。
こんな環境、多分日本探し回っても片手の指の数くらい見つかれば上等でしょう。

このコロナ禍で、転職さえままならない時代に、この仕事に巡り会えたことは何かの縁だと思っています。

だからこそ、誠実であれ。柔軟であれ。

この環境で頑張ることが自分の未来を作ることに繋がる、と思えることがどれだけ幸せなことだろうか。

本当は大学生のときにこのことに気づけば良かったんだろうと思うけど、周りから「ちゃんとしている」と思われたいだけの当時の自分にはきっと響かなかったと思います。

それに、大学生の頃の自分はどこか社会を、世界をナメていた。
自分は優秀な国立大学の学生だから、という傲りが確実にありました。

仮に、今の職場に新卒で入ったとしても、
世の中をナメたまま、忍耐も我慢も知らずに根をあげていたでしょう。

社会人としての礼儀や作法はもちろん、
世の中の大半は自分の思うようにならないこと、
理不尽に敵意に晒されること、
それでも自分は下っ端だから謝らなければならないこと、
正しいことでもタイミングや立場で貫くことを諦めなければならないこと、
それでも一番大切な自分自身を守ることを忘れてはいけないこと。

誰も教えてくれないけど、何となくの不文律で知っている「社会」のルールを知ることができたのはまがりなりにも立派な企業で働いた時間があったからだと思います。

だいぶ遠回りをしている人生だけど、
無駄はきっと無いし、何かがどこかでつながっている。
今年起こるであろう嬉しいことも辛いことも、そう思って生きていきたい。

2020年の反省と2021年の抱負をガツっとまとめると、こんなとこです。

そして最後に。

タイトルに書いた「Une Petite Année 」とは「不作の年」というフランス語、「Une Grande Année」とは「偉大なる年」というフランス語。

今の職場でワイン(こういう話も今年は追々していけたらと思います)を扱っているのでフランス語で。

要するに「不作の年、2020年」と「偉大なる年、2021年代(これは僕の造語です)」という意味のタイトルです。

2020年は悪い意味で、歴史に残るヴィンテージだったと思います。
病の恐ろしさは勿論ですが、それ以上に、病に立ち向かう人間の精神的な弱さがボロボロと露呈した1年。

思い出すのも悔しくなるような、沢山の人を幸せにする笑顔を持った人の死。
その死から連鎖するように次々と自分の人生の幕を下ろした人々。

言われも無いSNSの誹謗中傷により命を絶った、
絶ったというよりは声なき声に殺された、という表現の方が正しい、そんな許されるべきでない死もあった。

人間はこんな弱い生き物なのか?
自分の虚栄心や自尊心を守るために誰かを傷つけないと生きていけない生き物なのか?
こんな世界を自分たちの子どもに見せたいと思うのか?

いやそんなわけないだろう!
もっとやれるだろう!
と本気で僕は信じています。

自分の子孫たちに、未曾有の疫病に一度は追い込まれたけど、打ち勝った先祖だと思ってもらえる時代を作ることはできる。

青臭い理想、
お前一人に何ができるなんて言われればそれまで。

でも諦めたくないじゃありませんか。

僕は「この世界に生まれて良かった」「この時代に生まれて良かった」と思って人生の終わりを迎えたい。

2020に起きた大きな悲しみと苦しみの「禍」はそんな簡単に消える物じゃない。
今後数年、10数年はかかるかもしれない。
だからこそ「Une Grande Année ”2021s”」としました。

1年ぽっちで終わるほどチンケな戦いじゃない。
人類がこのウイルスに身体的にも、精神的にも勝利を収めるためにこれから進む長い道のり。その一歩一歩が「偉大なる時代」であって欲しいから。

僕も、70億分の1の世界の担い手として、一生懸命生きます。

気張っていきましょ!
かかってこい2021!


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