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プールサイドのアオとハル|ショートストーリー

アオとハルは不思議なこどもでした。

いつも2人は、お揃いの水泳帽に、お揃いのゴーグルをして、お揃いの水着を着ています。
そうしてみるとアオもハルもそっくりなものですから、どちらがアオなのか、どちらがハルなのか、見当がつきません。

彼らはいつも夏の間プールサイドから、はしゃいで遊ぶ子どもたちを眺めていました。それはそれは、楽しげにプールを眺めているのです。ときおり、何か内緒話をしていたり、他の人から声をかけられていましたが、それ以外はプールを眺めていました。

夏の間、毎日毎日来るものですから、プールの監視員だった私は2人のことが気になってゆきました。
彼らはプールの何が好きで、こんなにも毎日プールにきているのだろうか。
私も、この監視台からみる水色のゼリーのようなキラキラ光るプールが好きでしたし、ほぼ毎日監視員の仕事をしていましたから、余計に気になってゆきました。


ある日のことです。
それは、季節が秋にうつろいはじめ、プールもそろそろお終いかなというような日でした。
今日もアオとハルはプールサイドからプールを眺めています。

「館長、あの子たちいつもいますよね」
「あぁ、アオとハルか。そうだね。」
「彼ら、なぜいつもプールには入らないのでしょうか?」
「あぁ、そうか。君はこのプールで過ごす夏は、はじめてだったね。」
館長は目を細めながら言いました。
彼は若い頃、大変有名な水泳選手だったようですが、今は腰を悪くしてしまい、人々は彼が泳ぐ姿をあまりみたことがありませんでした。
それでもプールを見つめる彼の視線からは、プールが大好きだという思いを感じる優しさがありました。

「アオは目が見えないんだ。そして、ハルは耳が聞こえない。他の子より少しだけどね。
それに加えてふたりとも身体が弱くてね。だけど、プールが好きで、あの涼しいプールサイドで毎年過ごしているんだ。」
「なるほど、そういう事でしたか。」
「あんまり人がいるプールだと、彼らは泳ぐのが難しくてね。そうだ、良ければプール開きが終わった次の日、来てみたらいいよ。」
「なぜですか?」
「それはひみつだ。」
館長は、笑うとえくぼが右側にぺこりとできるのです。そして今日も何かとても嬉しい事があった時とおんなじ笑顔を浮かべていました。


その日は9月を超えたはじめの日でした。
プールは閉まり、あのこどもたちのはしゃぐ声が嘘のように静まり返っています。
誰もいないプールの水面は、どこか山奥の湖のように静かです。落ち葉が散り、すこしどこか寂しげに映りました。私は館長に言われた通り、彼らがいつも座るプールサイドに座り込んで、いつもの彼らのようにプールを眺めていました。

しばらくすると、アオとハルのふたりが小さな網を持って、現れました。
2人は笑いあいながら、まるで二羽の仲良しなペンギンのようにプールに飛び込み、次々と忘れ物のゴーグルや、落ち葉をひろってゆきます。まるで魚のようにプールをすいすいと泳ぐその姿は、何かの素晴らしい演技を観ているかのように感じました。

プールサイドにある彼らの特等席は、プールが見渡せる特等席だったのです。

「やぁ、君か。」
「館長、これは…」
「あぁ、そうだね。実は夏が終わると、彼らにプール掃除を頼むんだ。その代わり、夏の間は好きなだけプールに来ていいし、誰もいないこのプールを好きに泳いで良いという約束をしているのさ」
彼は少年のように笑いました。
口もとの右側にはぺこりとえくぼ。

彼らは私たちに気づくと、ゴーグルを外して、プールの中から大きく手を振ります。
そうして、それはそれは楽しそうに笑うのです。
そっくりなアオとハル。
そうして彼らの笑顔にも、右側にぺこりとえくぼ。

ふと隣を見ると、館長はそれはそれは優しげで、そうして眩しげに、プールで遊ぶアオとハルをみつめていました。


気持ちというものは、いつの間にか伝わってゆくものなのでしょう。プールの水面のように、じんわりと。

わたしが、この夏不思議でならなかった、彼らがプールを好きな理由は、こんなにも近くにあったのですから。

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知人の戯 雨曇さんのこんなツイートの、とあるひとつのタイトルに惹かれて始まった作品です。
あたまにふっと浮かんだ『アオとハル』を形にしてみました。ありがとうございました。

戯 雨曇(そば うどん)さん
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