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何も書けないときは、とにかく描写からはじめるんだった。

そうだったそうだった、こういうときは、とにかく指を動かすんだった。

ストーブの前であぐらをかき、あまりの眠気にスマホを何度も落とし、一度は仮眠をとったものの、やっぱりnoteの執筆は一向に進まない。

なぜか家にあったポン菓子ぽんこめ棒をふたつ、パリパリ食べる。

友人の細川一滴さんから招待してもらったClubhouseを覗いてみる。

メンタリストDaigoさんや落合陽一さんらが、お話しされている。

でも、すぐにアプリを閉じた。

ダメだ、余計に落ち込む。

で、また気がついたら、10分くらいすぐに過ぎてしまっていた。

こりゃ、いかんいかんと、自分と置かれた状況を描写しはじめた。

目の前では、妻がせっせとかぼちゃプリンを作っている、らしい。

カラメルの甘いにおいが鼻をくすぐってきた。

おっ、心の調子も戻ってきたぞ。

僕にとって書くことは、精神安定の効果を持っていることを再確認。

と、ここで、23:48。

あと、なんか書くことあったかな?

今度は、思っていることでも描写してみようか。

ネガティブ気味なところから書きはじめたけれど、今日は今日でいい日だった。

次のKindle本の原稿執筆が思うように進まなかったことを除いては、だが。

人は、小さなことでクヨクヨする。

あとは、ふつうに疲れることもある。

で、なんか悶々とする。

何かがうまくいっていない気がして。

でも、まぁ、しょうがない。

そんなこともあるさ、と自分に言い聞かせる。

でも、実際、きっとそうだ。

ただ、いちいち、人には見せないだけ、言わないだけで。

だから、こうして、自分を描写することで、客観視してみると、グルグル回りから、スッと抜けれたりする。

でも、ほんとは、こういうときは、寝てしまうのも、いいと思うんだけど。

よし、書けた。

書くって、いいな。

それにしても、こういうネガティブな状態って、いつまで経っても、やってきますよね。

この本の原稿となった、、、

2017〜2018年から、それほど変わっていない気がします。

もちろん、人生の景色は大きく変わっているんですけどね、ネガティブな気分がなくなることはないのかもしれません。

悲観的になっているのではなく、うまく付き合っていくしかないなぁと思います。

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