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短編:【この印籠が?】

「じーちゃん!じーちゃん!」
メガネを鼻にかけ、新聞を読んでいたじいちゃんは、玄関先から聞こえる孫の声に微笑む。
「おう、ケイちゃん!よく来た!ひとりで来たんかぁ?」
祖父の声がする居間に、孫息子のケイちゃんが飛び込んで来る。
「学校終わってすぐ来た!そこだし!」

この春、入学した孫は、小学校と娘夫婦が暮らすマンションを結んだ通学路のちょうど中間を、少し逸れたこの祖父の家に寄り道しながら帰宅している。

「ママにじいちゃんの家に寄って帰るとメールしたか?」
急いでお菓子とジュールの類を探しに台所へ。
「メールじゃないよ。メッセージだよ!それよりさ…!」
入学前に祖父が買ったランドセルの両側に大きな巾着と小さな巾着が付いている。その黄色いキャラクターが描かれた小さな巾着から、黒い物を取り出した。
「じーちゃん!このモンドコロが目に入らぬかぁ〜!」
そう言って、右手を前に突き出す。
「へへぇ〜ッ!」
両手を上から下へ。土下座はせぬとも、御老公の御前であるかのように振る舞う。持っていたのは印籠。
「どした、それ?買ってもらったんか?」
「帰りの掃除時間に、教室で拾った」
「学校で?また不思議な所で…」
黒地の真ん中に金色の葵。
「これ水戸黄門が最後に出すアレでしょ?」
「アレじゃなく、印籠な」
「インロー…」
「ケイちゃん、ママとのホットライン電話貸してくれんか?」
「イイよ。ママに電話する?」
「じぃちゃんが話をするからかけてくれるかい?」
手慣れた手つきで短縮ダイヤルを押す。そのまま無言で、祖父にケータイを渡す。一度だけ呼び出し音が鳴り、娘が出る。

「あ、私です。いや、ケイちゃんは何事も…いや、緊急事態じゃないよ…いや、そのね…話を聞きなさい…」
一方的な娘は、実の父親に遠慮がない。
「その、ケイちゃんが印籠をね…印籠!水戸黄門で出す、あの印籠。…そうだね、出すのはカクサンだかスケサンだけれども…、うんその印籠…」
やたらと印籠を連呼する。どうにも伝わらないのだろう。
「え?この週末に、学校で撮影があった?…映画のロケ?」
祖父は黙って聞いている。内容が入ってこないようだ。
「つまり、蘇った黄門様御一行が、現代の小学校に一泊させてもらう話?…撮影で週末の学校を貸していた…?忘れ…小道具?」
ケイちゃんがジェスチャーで替わってと言っている。
「もしもし。うん。うん。じゃあ…」
呆気なく電話を切る。

「なんだって?」
「“忘れ物を拾ったようです”、とママから学校に連絡するって!」
安堵する祖父。
「撮影があったんだね?」
「うん、ロケね。現代の小学生役でボクも出た!」
「それは凄い!」
「みんなも出たし!」
例えちょい役だとしても身内としては嬉しいものだ。
「そっか…1年の教室が1階だから、控室にでも使って忘れたんだな…」

「じーちゃん、なんでこれを見ただけで、みんな『へへぇ〜』ってなるの?」
「これを見たからではなく、この印籠を持っている人が…ってことだな…」
「え、じゃあ…“とーやまのキンちゃん”とどっちが強いの?」
「“とーやまのキンちゃん”?…遠山の金さん!」
水戸黄門、つまり徳川光圀公と、江戸町奉行・遠山金四郎景元。
「家柄や役職で考えるなら、…黄門様かなー」
「やくしょく?」
「水戸藩徳川将軍家だからなぁー」
「え〜でも、この“モンドコロが”〜って、立って“インロー”見せるよりも、“このサクラフブキが〜”ってやる方がカッコいいよ?」
歌舞伎のようなアクションで肩を突き出す。
「カッコいい?ん〜まあ確かに力強いかなぁー」
「じゃあキンちゃんが強い?」
「でも黄門様の隣には、強いふたりが常についてるしなぁ…」

ケイちゃんの電話が鳴る。
「はい。はい。…はい」
淡白に電話を切る。子供とは…。
「なんだって?」
「じーちゃんと一緒に、インロー持って学校に戻ってって」
「ハハ…!多分じゃが…黄門様や金さんより…すべてお見通りで、バンバン判断する、ケイちゃんママが最強…かもな!」

これにて、一件落着〜!

     「つづく」 作:スエナガ

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