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ホワイトキューブでない空間で展示をする3つのメリット

BOX GAME という展示を2018年10月末から11月頭にかけて開催しました。会場は、名駅から徒歩15分ぐらいのとこに位置する亀島駅付近にある古民家です。

徒歩圏内とは言えども、名鉄の線路が真横に大きな壁を作り、昔ながらの路地裏にひっそりと佇むこの場所を、私はわざわざ展示会場として選択しました。

Long Roof Atelierと呼ばれるこの空間は、シェアハウスや古民家カフェを運営する組織や友人知人らが、多様なアーティストやクリエイターなどに向け貸出を行なっているレンタルスペースです。

外観は、お世辞にも綺麗だとは言い難いのですが、戸を開けると、外からは全くと言って良いほど想像がつかない内装が広がり、思わず「わぁ!」と声が出てしまいます。
木材を打ちっ放しにした壁面やさりげなく置かれたアンティーク家具、雑多な小物などが、また良い演出を施し、ついつい長居してしまいそうになる空気感を漂わせている内装空間です。

アートを学び、様々な展示を行っている方であれば、ここをベストな展示空間だとは思わないでしょう。
何故なら、邪魔なものが多すぎるからです。

今回の展示では、むしろこれらがメリットとなったわけなのですが、その説明をする前にまず対比する空間であるホワイトキューブについて解説をいたします。


ホワイトキューブとは

白い立方体の展示空間を、美術用語でホワイトキューブと称します。
ニューヨークで約90年ほど前に美術館が取り入れた展示空間の概念であり、何もない真っ白な空間だからこそ成り立つ中立性と、形態問わずどのような作品も受け入れることが出来る柔軟性を兼ね備え、現代におけるアート鑑賞を行うのに最も適した空間と提唱されています。
(実際にはニューヨークより前にドイツが取り入れていたそうなのですが、確立されたのはこの時が起点とのこと。)

確かに、白い空間に作品が展示されると、自然に作品へ意識も視線も向きますよね。
白は無の代名詞でもあります。無機質さ故に、空間が作品へ与える影響は少なくなり、感性を最大限に活用した美術鑑賞を可能とするのでしょう。

ですが、そもそも何故、そこまでして作品に意識を向ける必要があったのでしょうか?

それは1900年代以前のヨーロッパやアメリカでの作品の展示方法を調べればわかりました。当時は、あまりに作品と作品の距離が近く、鑑賞など出来る空間ではなかったのです。
考えられないことでしょうが、天井ぎりぎりまで、隙間という隙間を埋めるよう絵画が飾られ、壁紙など一切見えない空間が、現在の美術館やギャラリーの原型とも言える場所なのです。

この展示方法は、当時富裕層のコレクターが好んでいた展示方法だそうで、要するに「私はこんなに壁が空かないぐらい美術品を買える余裕がある!」と、ドーンと自己顕示欲を肥大化させてしまっていたそうです。ちょっと面白いですよね。

それから数々の変化を遂げ、展示空間は今日のホワイトキューブが主体に至ります。
しかし、美術館を訪れている者であれば何となく分かるように、日本ではホワイトキューブを取り入れている美術館(特に企画展)は意外と少なかったりします。
展示の内容ごとに塗り替えられる壁面、作品の横に置かれるキャプションや説明文、撮影スポットなども用意されていたり。そもそも、同じ会場に人がいっぱいいますしね。

つまりは、そこまで真っ白な空間で、じっくり作品を鑑賞することを望む来場者を、多数派として見越していないということです。
それが良い悪いはさておき、私はこの事実を悲願するのではなく、最大限利用するべきだと考えます。



①一般層の集客率を上げる

日本の企画展来場者数は世界一というニュースを目にした人もいるでしょう。とても意外だなぁと思いましたが、理由を考えれば納得がいきました。

今の日本の美術館の役割は、美学追求の場所ではなく、新しい刺激を得るためのエンターテイメント施設です。ちょっとお洒落な空間で行われるイベントや、その時しか体験できない場所というのは、普段とは異なる特別な気分になり、素敵なことをしているように感じますよね。その一つが美術館なのです。
この特別感を出すための演出は、純粋なる美術鑑賞を阻害するかもしれません。ですが、人々がつい行きたくなる場所を形成してもいるわけです。

この、つい行きたくなる、というのが、私が Long Roof Atelierを選んだ最大の理由でした。

様々な展示で感じたのが、所謂全くアートや美術に触れてこなかった、所謂一般層に対してのギャラリーや画廊への集客の難しさです。
作家もギャラリーも懸命に新しい層の発掘を行なってはいるものの、中々上手くいってはおりません。その原因の一つが、ホワイトキューブのような無機質な空間は高圧的に見えてしまう一面もあるという点なのでは?と考えています。
作品と対面するしかない場所は、意図せずとも作品を観てくださいと強く訴えかけてしまう。
そのような空間に足を踏み入れるのは、美術に対するある程度の知識がある人、もしくは慣れている人でなければ難しいと感じます。
そして、そのような層を、今回の展示ではメインターゲットにしていないこともあり、ホワイトキューブを避けるようにしました。

BOX GAME展は、謎解き的なキャッチーな要素を取り入れながら、一般の人とアートや作家活動を行う人を混ぜる展示にしたかったんです。
現在の高等課程までの美術教育は、余りにも基盤がなさ過ぎて、社会に出たときに純粋美術鑑賞を行う人は少ないでしょう。
(偉そうに聞こえるかもしれないので念の為に言っておくと、私自身、プロ曰くちゃんとした美術鑑賞が出来ているかは、そこまで自信がないですが…)
しかし、美術は見方さえ覚えれば最高のエンターテイメントであると考えており、更に言うとちゃんとした鑑賞など無いと思っています。
(ハーバード大学教授のマイケル・サンデル教授による白熱教室の講義録に分かりやすい話があるので、良かったら読んでみてください。)

それを出来る限り多くの人に伝える為にも、敢えて、足を運びやすいキャッチーな空間を選びました。


②アイデアを生み出しやすい環境

先ほど少し触れましたが、明確に決まった美術鑑賞方法はありません。
この辺りをより深く説明するとなると様々な物事に対する認識から解説するべきなので割愛させていただきますが、要するに、そもそも美術に正解など無いということ。

では、美術鑑賞というのは何を目的とするのでしょう?
私が答えとして考えているのは、自身の感性と向き合い、自分を掘り下げ、固定概念を無くして視野を広げる、もしくはより細かく観る為に知識を付けることです。

鑑賞方法の一つに、対話式鑑賞方法というものがあります。これは作品に対しての先入観を取っ払い、目の前にあるものが、平たいのか、丸いのが、青いのか、赤いのか、紙なのか、木なのか、つまりそもそも何なのかということを探っていく鑑賞方法です。アート思考的な呼ばれ方もされていたりしますね。

この鑑賞のポイントとして、実は様々なところに意識を向けることが重要だと考えています。
例えば、街中で散歩している犬を見た時に、「昔見たことのある犬と似ている」「自分の飼っている犬に似ている」などと思うことがありますよね。それは、記憶という雑多な知識を呼び起こして、目の前の犬を鑑賞しているから。
他にも、壁のシミが何となく模様に見えたり、木目が動物の顔に見えたり、日常には様々な雑念が潜んでおり、それらを使うことで視野を広げることが可能になります。

ホワイトキューブにしてしまうと、それらの「何となく〇〇みたいだ」というような雑念を、観覧者が自力で思い出すことを強いることになります。それは勿論大切なことなのですが、ヒントがあったり、他の情報が錯綜する空間の方が、閃きが生まれやすいのではないでしょうか。
作家の意図にも寄りけりですが、もし、初心者の方にも、より深く、楽しく、考えてアート作品を見て欲しいと思われる場合、雑念が多い環境も見方を変えれば良いとは言えないでしょうか。


③滞在時間が長くなりやすい

作品を観ることが好きな人からすると、これが一番分かりにくいかもしれません。
美術は、見方さえ分かれば最高のエンターテイメントだと言いましたが、つまりは見方が分からなければ相当つまらないものとも言えます。
特に、インスタレーションや抽象絵画を筆頭にした現代アートと称されるものが「分かりにくい」と世の大多数の人に認識されてしまっているのは、見方に慣れていないと思いつかないような切り口のものが大多数なのと、用語や言い回しが慣れ親しんだものとは異なるからです。
その見方の切り口を見つけることにかなりの時間がかかってしまい、慣れていない観覧者は理解することを諦めてしまいます。

その為にも、まずはとにかく展示会場に来場者を留めておく必要があると考えました。

冒頭に述べたように、Long Roof Atelierはお洒落なアンティーク家具や打ちっ放しの木材などにより、落ち着く空間が演出され、更には、人が興味を持ちやすいセンスの良いものが至る所に散りばめられています。
それら空間による効果によって、例え鑑賞を一旦諦めたとしても、すぐに立ち去ることがない。実際に、私の在廊中、皆さん平均して15分は滞在していたと思います。

そうやって観覧者が留まっているだけでも、私たち作家は、彼らの様子や振る舞い、言動を見て、個々に合った会話や鑑賞のヒントを口頭で伝えることができるのです。




長くなってしまいましたが、本当にLong Roof AtelierとBOX GAMEの内容は、非常に相性が良かったです。
今後も、このような展示を続けていければと考えています。
もしこれを読んで興味を抱いた方がいるのであれば、是非次の機会に遊びに来てくださいね。お待ちしております。


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Twitter @SueishiYumi

#ART #アート #芸術 #美術 #展示

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