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騒々しい朝には

ソファの上で目覚めた朝。
出窓の直ぐ傍らに据えられた白いソファは、朝焼けのほの白い陽光で薄く光っている。

大欠伸で伸びをすると、ぼんやりと白い天井を眺めた。

どこもかしこも白。
この寝室は床とクローゼット以外全て白で、その床にも白いラグが敷き詰められているので、何となく常に明るい雰囲気がある。

月夜の無い朔の晩に至って、ようやくその暗闇を身近に感じると言う具合だ。

然も、過去の僕の趣味で大量の観葉植物の並んでいる事が、この部屋をより一層ほのぼのと、明朗に、平穏な空気で満たしている。

その点に於いて何の不満など無い、けれど時折恋しくなる、ぽっかりと何も無い空虚な部屋で、端然と暗闇に向き合えたなら。

クローゼットを開けると、夥しい量の蔵書が積み上げられている。
その中から一冊、今の僕にぴったりなものを選ぼうとも、目移りばかりで絞れない。

結局、『ハーブティーの事典』と言う、世界各国のハーブティーの収録された本を選び出した。

物語は読みたくなかった。

多くの物語は余りに現実的で苦しかった、それがどれだけ異世界の冒険を描いていたとしても、主人公が人間である限り現実でしかなかった。

コツコツと、出窓を挟んで反対側の外階段を上る音がする。
この足音は、と考えるより先に耳が反応する。
これは、この山小屋の大家のものである。

道路を挟んで向かい側に邸宅を構える彼女は、若くして夫を亡くした未亡人で、年に似合わぬ苦労の痕跡が外見へ克明に現れている。
それはまるで、彼女が彼女自身の苦しい日々を誇りに思っているかのようだった。

「お早う、調子はどう?」
苦労の痕跡が、などと言ったが、実際の彼女は非常に快活で、張り上げた声は屋内へキンキンと響くほどの大音量だった。

僕は慌てて起き上がると、ソファの上へ居直った。

「まーたソファで寝てたんですね、ちゃんとベッドがあるのに。」
寝室のドアを素早く開けた彼女は、呆れた顔でこちらを見やると、窓辺へ寄ってカーテンと窓を大きく開いた。

涼しい風と共にひぐらしの大合唱が流れ込んで来る。
朝はまだ始まったばかりだが、僕の眠い頭を否応なく叩き起こした。

「あ、郵便受けに何か届いていましたよ。」
「それはどうも。」
部屋を出て行った彼女は、ガチャガチャと掃除を始めた。
藁帚のサッサと言う音が聞こえる。

騒々しい朝も、今は随分慣れた。
寧ろ有難いくらいである。
良からぬ考えを挟ませる隙が無い。
こう言う日は何時もよりずっと、行動的だった。

赤い猫のポストを覗くと、中から現れたのは一通の手紙だった。
薄い桃色の、小花のイラストが可愛い封筒。
たった一人の、大切な人から贈られたもの。
それでより一層、前向きになる。

何処まで行っても、かけがえのない人との繋がりが、僕の明るい未来を作っている。

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