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2000年前から不変のスキル

「論破」して相手を負かすというものではなく、相手の納得を引き出すという意味において他人を説得して自分のアイデアを認めてもらうための力は、21世紀における最大の競争力と言っても過言ではありません。

説得力が価値を発揮する場面はさまざまですが、その本質はアリストテレスが2000年以上前に『弁論術』で説いた内容と何ら変わりがないのです。

今のご時世、アイデアは21世紀の通貨と言えます。

お金も人も、情報も、ありとあらゆる資産は日々その価値が変動し続けていますが、アイデア自身は世の中のニーズ自体が変化しない限り不変のままであり、またアイデアを生み出す知能はより高価なものとして取り扱われます。

そんな中、人を説得して、気持ちや意見を変えさせる能力と言うモノは知識経済で競争力をもたらす最大のスキルと言えるでしょう。商品を生み出すアイデアではなく、相手をその気にさせるアイデアがかつてないほど重要な時代となっているのです。

農業経済から工業経済、知識集約型経済へと進化するにつれて、ほぼすべての職業で他人を説得して自分の考えに従わせることができる人が成功するようになりました。

ふだんの生活でも、たとえば次のような場面があります。

 ・起業家が投資家を説得して、自分のスタートアップを支援させる
 ・就職志願者が採用担当者を説得して、自分を雇わせる
 ・政治家が有権者を説得して、自分に投票させる
 ・リーダーが部下を説得して、計画通りの行動を取らせる
 ・CEOがアナリストを説得して、自分の会社に好意的なレポートを書かせる
 ・営業担当者が顧客を説得して、競争相手ではなく自社の製品を選ばせる

説得力は、もはや「ソフトスキル(目に見えない定性的なスキル)」とは呼べません。

投資家を口説き、商品を売り込み、ブランドを築き、チームを鼓舞して、社会的な運動のきっかけをつくるときに役に立つ基礎スキルの1つです。私たちのいるB2B向けのソフトウェア開発の世界ではソリューションするための「提案力」やプロセスやプロダクトに対する質の「証明力」がこれに近いかも知れません。

投資家で資産家のウォーレン・バフェットが自分のオフィスに唯一飾っている賞状は、デール・カーネギー・トレーニングの

 パブリック・スピーキング・マスタリー(話し方講座)

の修了証です。

バフェットはビジネスを学ぶ若者に「コミュニケーションスキルを磨けば、プロフェッショナルとしての価値が──すぐに──5割増しになる」と助言しています。

コミュニケーションとアイデアはたしかに現代社会を築きました。社会の成長はこの2つなくしてここまでに至らなかったでしょう。コミュニケーションにより利便性を求めた結果、インターネットが普及したという背景もあります。

ICTの「C」はCommunicationのことを指していますが、これはそもそも「通信」のことを意味してつけられたものです。ただのスタンドアロンで利用されていたITから脱却し、インターネットを通じたITであるべきという考え方から

 Information and Communication Technology(=ICT)

と言われるようになったのです。そういう意味では、IoT(Internet of Things)というのも所詮はICTの派生…あるいは呼び方を変えただけと言えなくもありませんね。

そして「コミュニケーション」と「アイデア」と言うスキルは、他人を説得して自分の言葉とアイデアに追従させることができればスターになることも可能です。

そのために役に立つのが、古代ギリシャの哲学者が説いた戦術です。

いまから2000年以上前、アリストテレスは著書『弁論術』で説得術を身に着ける方法を語っていました。多くのコミュニケーションの達人が昔もいまも、この弁論術を使って
影響力の大きいスピーチやプレゼンテーションを行い、自分のアイデアを世界中に広めています。

スピーチやプレゼンの機会には、説得の達人になって自分の意見やアイデアを売り込むために、アリストテレスが体系化した5つのスキルを使ってみてはどうでしょう。

人柄 ethos

スピーチやプレゼンの聞き手が話し手の信頼性を洞察するときは、人柄も要素の一つとなります。アリストレテスは、

 「話し手の行動が本人の言葉を裏づけていなければ、
  信頼を失い、最終的に、その主張も力を失うだろう」

と述べています。つまり、有言不実行は不誠実のあらわれであって、信頼を損なう第一要因となると言っているのです。

たとえば、人権弁護士ブライアン・スティーブンソンがTEDで行った有名なトーク「司法の不公正さについて話さなければなりません」は、次のような自己紹介から始まります。

 「私は人生のほとんどを牢獄や刑務所で、また死刑囚の監房で過ごしてきました。
  私は人生のほとんどを低所得者地域で過ごし、絶望に満ちた環境やプロジェクト
  のために捧げてきました」

スティーブンソンは、自分の学位や実績、受賞歴を並べたりはしません。履歴書ならそうしたかもしれませんが、代わりに自分を知らない聴衆に向けて自分の人となりを説明しています。それによって自分と聴衆の間に信頼感を築いています。

人間は本能的に、他人を信頼する理由を探すものです。
しかも、かなり短時間で探そうとします。

パッと見た第一印象で決めてしまうことも日常茶飯事です。
ですから、自分の主張を展開する前にまずは自分がほかの人々の幸福を大切にしている事実・実績ほんの少しを伝えるだけでも多くの信頼を得られるでしょう。

中には、学歴や表彰、有名企業の名前や雑誌に載っている等といった肩書や権威などで
信頼しようとする人もいます。しかし、そんなものでは本当の実績は測れません。その証拠に、採用などで表面的な肩書や実績だけを見て後悔するような経験をした方は非常に多いといいます。


理性 logos

自分の人柄を明確にしたら、次は理性に論理的に訴えかけましょう。
聴衆はどうして、あなたのアイデアに耳を傾ける必要があるのかを問うのです。

たとえば、聴衆の貯蓄につながる話ならあなたのアイデアを聞いてどのくらい貯まるのか、実際にどうやって貯めるのか、聴衆は知りたいと思うでしょう。

お金を稼ぐ話でも同じです。

アイデアを参考にしたらどのくらいの利益を手にできるのか、実際にどのような行動を取ればいいのかが知りたくなるはずです。

こうした論理的な説明は、必ず支持を集めます。
ポイントは

 ・客観的であること
 ・事実やデータに基づいていること
 ・証拠があること

だけです。
事実以外の情報は信用に値しません。

個人の感情や意見を乗せない。
たったそれだけで恐ろしく説得力は生まれることになるでしょう。

本来、相手に信用してもらおうと思ったら根拠を揃えるのは当然のことです。
決して、非現実的なことを言っているわけではありません。
それができないなら、他人を動かそうとしないことです。

データや証拠、事実に基づいて、理にかなった主張を組み立ててみましょう。


感情 pathos

アリストテレスによれば、

「感情が欠けると説得はできない。
 人は、話し手が自分たちにどのような感情を抱かせるかによって、
 行動しようという気持ちになる。」

と言っています。

さきほどの理性とは真逆のことを言っているように見えるかもしれません。
しかし、そうではありません。
感情豊かでいいのです。

大事なのは、伝える内容そのものに感情を乗せないことであって、感情的に伝えること自体はなにも問題ではありません。

感情を人から人に伝える最善の方法は、ストーリーテリングの修辞的な技法だとアリストテレスは考えました。

その2000年以上後に神経科学者が彼の主張が正しいことを証明しました。

複数の研究によると、ストーリーは脳神経に化学作用をもたらす物質を放出すると言う結果が出ています。特に知られているのは「道徳分子」とも呼ばれるオキシトシンで、より深い感情的なレベルで人と人を結びつけることが判明しています。

人気のセミナーやトークを分析すると、平均的なトークは全体の

 65%がストーリー
 25%がロゴス
 10%がエートス

で構成されていました。

言い換えれば、トークで人気を集める方程式は重要なアイデアをストーリーで包んでしまうことなのです。

 「理想的な(心の)結びつきを生み出すストーリーは、
  自分や自分に近い人の個人的なストーリーである。

  失敗、不器用さ、逆境、危険、大惨事などについて本音で語れば、
  より短時間で深いエンゲージメントを築くことができる」

個人的な内容ほど深い関連性が生まれます。ひょっとすると「つりばし効果」なんてのもこうしたストーリーの共有によって結びつきが強くなった結果なのかもしれませんね。


隠喩 metaphor

アリストテレスは、メタファーは言葉そのものの美しさを引き出すと考えました。

 「何よりも偉大なのは、メタファーの達人だ」

とも書いています。

メタファーや類似性を使って新しいアイデアを聴衆が知っているものと比較すると、抽象的なものが具体的なものになり、アイデアが明確になります。説得術を知り尽くしてそれを実践しているウォーレン・バフェットのエピソードは、インタビューで自分の主張を説明する際に、ほぼ必ずメタファーを使っています。

たとえば、投資家がよく「掘に囲まれた企業」を探していると言うのもバフェットの有名なメタファーから来ている造語です。堀に囲まれていて、競争相手がその業界に参入しにくい「経済の城」を築いている企業が好ましいと言っているのです。

最近では、バフェットは高騰する医療費を、米経済の競争力をむしばむ「サナダムシ」だと言っています。この直情的なメタファーは、私たちの経済システムを侵食する深刻な問題を的確に表現していると言えます。寄生虫が成長したらどうなるか説明する必要はありませんでした。年次株主総会を取り上げた新聞やブログの見出しには「サナダムシ」の単語が並んだということです。

私も決して上手くはありませんが、できるだけ新人からベテランまで、すべての人に伝わるように『たとえ話』を含ませながら、メタな表現を使ってきました。

これまでのなかでプロジェクト計画書を「遠足のしおり」と表現したり、プロジェクトマネジメントのチーム運営を「ムカデ競争」と表現したのは、それがほぼすべてのプロジェクトに携わる人たちにとってまったく同じイメージとして伝えやすかったからです。

メタファーの達人は、言葉を、自分のアイデアを他人が明確に理解しやすいイメージに変えることができます。

しかし、それ以上に最も重要なのは、そのイメージが人々の記憶に残って共有されることです。他人と共有できないイメージはコミュニケーションツールとして役に立ちません。なによりメタなたとえ話ができない説明と言うのは、おそらく

 話している本人が一番理解できていない

のではないかと思っています。

人は、必ず自分なりに租借しやすい形に置き替えて理解し、記憶するものです。ただの暗記ならばそのまま覚えれば良いだけですが、ただの暗記では理解が伴いません。知ったかぶりをするだけなら暗記したことをそれらしく表現すればいいのですが、相手に説得力を発揮したいのであれば必ずきちんとした理解が伴っていなくてはなりません。

実体験にせよ、他人から聞いた話にせよ、イメージ化してたとえ話にするにせよ、必ずどこかで「信憑性」を感じる表現が必要になってくるはずです。

それがない説明は必ず「不信感」が芽生えます。

共有できるようになれば、老若男女すべてに伝えることも可能になるでしょう。
そのためにもメタな表現能力はとても強力なツールになるはずです。


簡潔さ

ここでも、アリストテレスは時代の先を読んでいました。

「アリストテレスは、1人の人間が吸収して維持できる情報の量には、きわめて普遍的な限界があることを見抜いていた」とロンドン大学キングス・カレッジのエディス・ホール教授は言っています。

 「説得に関しては、言葉が少ないほど効果がある」

私は、具体例を踏まえてすべてを一切隠さず余すことなく話すタイプなので、どちらかと言うとこの5番目の要素とは程遠い存在です。説得よりも納得を重視したから…と言うのもありますが、そのやり方で今まで数多くのトラブルを消化してきたことを思えば決して誤りであったとも思っていません。

一方で、言葉少なに話しても、妙に説得力のある人がいるのも知っています。
実際に、そう言う人を見て感心し、憧れた時期もありました。

簡潔さは、説得力のあるスピーチで特に重要な要素となります。

なかでも、会議などでの議論は「可能な限り少ない言葉で簡潔に」表現すべきだとアリストテレスは言っています。さらに、スピーチで最も重要なのは冒頭の部分で「始まり以外は、注意力は常に落ちる」からだとも述べています。

つまり、いちばん強調したい要点から始めることが重要なのです。

実際、報告やプレゼンなどでは、

 「最初に結論から持ってくる」

というのが現代では一般化されていますが、これも「いちばん強調したい要点から始める」と言うアリストテレスが2000年以上前に書いた『弁論術』から来ていると考えれば説明がつきます。

また、説得力は学んで身につけることができるとアリストテレスも考えていました。

当時、周囲は自分たちの既得権益としたく「誰でもできるようになる」ことが知られたくはなかったようです。しかし、アリストテレスは誰でも使えるようにしたかったのです。こう言った取り組みのことを

 汎化
 抽象化
 本質化
 プロセス化

 マニュアル化
 フレームワーク化

など様々な言い方がありますが、どちらにしても属人化の殻を破り、誰でも同じパフォーマンスが出せるようになることは人の、そして人の属する組織の可能性を大きく広げることになります。

属人化をそのままにしておけば、その人がいなくなった時点で全てが水泡に帰します。それでは永続的な組織運営は絶対に不可能です。

アイデアを伝えるために使うツールは2000年の時を経て随時変わってきましたが、人間そのものは変わっていませんし、考え方もあまり変わっていないように見受けられます。また、人間の社会に対するあり方も大きくは変わっていません。

であれば、2000年前と同じ説得術の方法は現代でも役に立つ部分が多いのではないでしょうか。


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