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IT業界をブラック化させやすい少々面倒な契約の話

多くのIT企業では「請負」と「派遣」、そして「準委任」の大別すると3種類の契約形態が存在します(「委任」もありますが、IT業界ではあまり見かけません)。

請負契約とは、日本ではたしか13種ほどあった典型契約の1つとされていて、民法632条にて定義されています。特徴は

当事者の一方(請負人)が相手方に対し仕事の完成を約し、他方(注文者)がこの仕事の完成に対する報酬を支払うことを約することを内容とする

ことです。すなわち、「完成責任」の履行によって対価が支払われるもので、裏を返せば、注文者は仕事の完成可否にしついてしか口出しできず、仕事の進め方に対してはその一切を請負人に委ねる契約となります。

派遣契約は民法にはなく、派遣法によって制定されています。特徴は

自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させることをいい、当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まない

ことです。請負契約と対比するならば「完成責任」はなく、「労働力提供」に特化している契約となります。他人に雇用させる…と言うことは、派遣先が一時的な雇用主となりますので、そこでの指揮命令に従う義務が発生するということです。

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委任・準委任契約とは、IT業界ではSES契約(システムエンジニアリングサービス契約)とも呼ばれていますが、これも典型契約の1種で民法では643条(委任)、656条(準委任)に定義されています。

委任と準委任の違いは「法律行為」か否かだけですが、特徴としては

当事者の一方(委任者)が業務することを相手方に委託し、相手方(受任者)がこれを承諾することを内容とする

ことです。この業務が、法律行為に当たるのであれば「委任」、法律行為以外にあたるのであれば「準委任」となります。わかりやすいところで言えば、裁判に関わる弁護士などは法律にかかる業務を委託されていますよね。ということを考えれば、IT企業で委任契約に及ぶことはあまり無いかと思います。

原則「一定のスキル、知識を持った人が決められた時間働く」ことを約束するもので、受注者は完成した「モノ」は納めません(契約内容によっては、完成したモノを納めることもあります)。

とは言え、厚生労働省の「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」にいう「請負」には「委任(委託)」も含まれますし、民法大改正によって、委任・準委任にも瑕疵担保責任が伴うようにもなりますので、委任も準委任も、基本的に「請負」と言う区分に近い扱いとして分類されているわけです(実際には、典型契約に存在していますし、且つ"契約自由の法則"に従って強行法規などに違反していなければ、基本的にどのような契約の仕方や内容でも自由ですけど)。

労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/dl/h241218-01.pdf


問題は、この準委任を主体としたSES契約です。

システムエンジニアリングサービス契約と呼ばれるこの形態は、エンジニアが行うシステム開発等に関し、エンジニアの能力を契約の対象とするもので、いわゆる違法行為スレスレのグレーゾーンに陥りやすい契約方式です。

(プロジェクトの質やマネージャーの能力にも因るので)必ずと言うわけではありませんが、一般的にIT業界がブラック化しやすいのは、この契約形態をメインとして取り扱う企業です。

ちなみに、上記リンク先に書かれている常駐先の7~8割を知っていますし、実際に20代から30代後半にかけて、ここで列挙されている半分近くを常駐したこともあります。確かに酷いところも多々ありました(10年近く前の話なので、今も同じかはわかりませんが)。

特に、情報セキュリティの関係上、取引先…すなわち大手ベンダーの拠点に常駐して業務を行うようなシーンにそうなることが多いと思いますが、この場合が最もブラック化しやすくなります。

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見ての通り、準委任を主体とする以上、指揮命令権は受注した企業側に帰属するはずです。発注者は最初に依頼した業務に対して、その履行を一定期間お願いするだけで、細かい口出しをすることが許されていません。

しかし、発注者側の拠点にて常駐する場合、発注者は、受注者を「派遣」と同じ扱いにしようとしてしまいます。おそらくは末端の従業員まで契約形態の違いによる扱い方の変化について、教育の徹底が行われていないのかもしれません。

そうやって当初のスケジュール、契約にはない作業や業務といった"横やり"・"割込み"が発生すると、当然のことながら当初想定していたスケジュール通りには遂行できなくなっていってしまいます。けれども、常駐先の担当の方々はそんな契約形態や仕組みを理解していないケースが多く、ただただ派遣と同じ扱いができると勘違いし、どんどん計画を乱し、どんどん状況は逼迫していき、でも期限だけは厳守と言う理不尽な扱いをするために、どんどんブラック化していくのです。

同時に、そんなことを続けていると偽装請負と言う違法行為を行っていると判断されかねないリスクを伴っていきます。

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SES契約は、非常に取り扱いが難しい契約ですが、逆にきちんと理解して運用すれば、むしろ不確定なリスクの多くを除去でき、とても有益な契約形態と言えます。ではその有益となる"条件"は?と言うと、要するに

 事業の独立性を持っているかどうか

と言う点に尽きます。つまり、派遣のようにお客さまの管理・監督下に任せて、受注側の独立管理・監督を怠ると、事業の独立性が認められず、「契約形態だけ請負や準委任(SES)としておきながら、実際には派遣と同じことをしている」と言うことで、偽装請負と言う判決が下る…ということです。

よって、企業としてのプライドマネージャーとしてのプライドエンジニアとしてのプライドを持って活動し、進行し、そして誘導し、お客さまにとってよりよい提案を心掛けなければなりません。お客さまの言いなりとなって、指揮命令がなければ動けない状態になることの無いよう取り組めば、この偽装請負の懸念は払しょくされるということです。

SES契約は、システム開発を請負う前の"作業ボリュームを特定する"までのリスクを低減するために使う分には非常に有効な契約方法です。

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一般的には、要件定義工程や提案活動中の、仕様が明確化される前などによく利用されます。基本的には 時間単価×稼働時間 で精算する形態をとるので、

 ・受注(開発)側も、仕様が特定できて正確な見積りができるまでは
  出来高で精算できるため赤字になりにくい
 ・発注側も目的が完遂でき次第、検収できて無駄にコストを費やさない

と言った観点から、原則Win-Winとなりやすい契約形態です。
ただし、SESをきちんと理解することなく、期日に対する意識が低いまま、ズルズル続けようとしてしまうと、お客さまの限られた予算や期限を浪費することになってしまいます。そうしないためにも、期限を決め、そこまでにゴールを迎えられるよう調整する、あるいはするように努力することが、エンジニアとお客さまとの間で共有すべき必須事項となります。

こう言った「契約」と言うルールに従うと言うことが正しく理解され、正しく運用されないと、ブラック化しやすくなるのですが、日系企業はこの辺を忖度で適当にしようとする人が多いため、欧米や欧米風なビジネスを行う国(中国やインド?)からは辛らつな評価をされることが多いと言われています。

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