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僕のアメリカ横断記⑩(カンザスシティ→シカゴ1日目)

【その①を未読の方はこちら↓↓↓】
https://note.com/sudapen/n/n06148d1c9a90

■8月29日(月)
 朝、アラームの音でパッチリ目を覚ます。
 ベッドの上で、「よし・・・」と胸を撫で下ろす。昨日の反省から、スマートフォンの目覚ましを三段階くらいでかけておいたのだ。今日こそは何があってもアムトラックに乗ってシカゴに行かなければならない。
 フロントの前のダイニングスペースでモーニングを食べられると聞いていたので、期待せずに行ってみる。すると、テーブルに並んだ透明のケースにベーグルやシナモンロール、ビスケット(ケンタッキーで売っているような、あれだ)などが入っていた。ビスケットをトングで軽くつついてみると、どうやら冷凍食品らしく、カチンコチンだ。結局どれもこれも凍っていたのだが、仕方なくベーグルをトースターで焼いて、部屋に持ち帰った。キノコみたいな妙な味がするそれをモソモソ食べながら荷物をまとめ、チェックアウトをしに再びフロントへ降りる。
 昨日受付をしてくれた人とは別の、アラブ系に見えるおっちゃんにルームナンバーを伝え、手続きをしてもらう。仕切り越しに、おっちゃんが何かの作業をしているのが見えるのだが、すでに領収書が用意されており、そこには「80$」と印字されていた。
 (80ドル・・・?)
 いや、昨日のおっちゃんの訛りは酷かったが、たしかに「一泊60ドル」と言ったはずだ。僕は、その領収書を差し出してきたらさすがに文句を言うつもりで身構えていた。
 するとそのおじさんは、眉をひそめてカタカタとパソコンを打ち、「60$」と印字された領収書を新しく出した。そして、「80$」の領収書とそれとを見比べている。僕の目の前でそんなことをするものだから、思い切って、「そちらはどうして80$になっているんですか?」と尋ねてみると、おっちゃんは明らかに困惑した口調で、「あーいや、これは、その、ちょっとした間違いでね・・・」などと言う。「ちゃんと60ドルでクレジットカードを切ったんですよね?」と念を押すと、両手を前に出す仕草をして、「イェス、イェス」と言った。
 残念ながらその場で明細を確認する手立てがなく(今ならスマホに利用速報が届いたりするが、当時は僕が知らなかっただけなのか、郵便で届く紙の明細を確認していた)、むやみに疑っても仕方がないので、ホテルを後にした。
 少し不安な思いをさせられたものの、早朝の爽やかな空気を吸いながら歩いているとすーっと気分が晴れてくる。昨日は慌てふためいて走ったバス停までの道だが、今日は余裕の足取りだ。

 無事、カンザスシティ駅からアムトラックに乗車する。予定通り、7時45分に列車は動き出した。
 シカゴまでは7時間ほどの道のり。座席は2階だったが、窓が大きい1階のテーブルにラップトップを持っていき、ほとんどの時間をそこで過ごした。アフリカ系に見える幼い二人の姉妹が僕のそばをキャッキャッと楽しそうに走り回っていたが、やがて母親が巨体を揺らしながら降りてきて、「こんなところにいたの!」と叱りながら上の階へ連れて行った。可愛い彼女らの後ろ姿は、まるで飼い主に首根っこを掴まれた子猫のようだった。途端に静かになったので、僕はこの日記を書いたり、本を読んだり、景色を眺めたりして到着を待った。
 シカゴ駅(こちらも「ユニオン駅」と称されている)には、定刻通りの15時に到着した。
 イリノイ州シカゴは、人口規模でみれば、旅の最終目的地であるニューヨークと、序盤に訪れたロサンゼルスに次ぐ大都市だ。1925年に開設された荘厳な駅舎は一大ターミナルとなっており、何本ものレールが複雑に交差し、貨物列車やアムトラックの車両が何列にも連なって停められていた。

シカゴ/ユニオン駅

 ユニオン駅を出ると、せわしなく行き交う車や建ち並ぶ高層ビルがいきなり僕の視界を覆った。日光がビル群の窓に反射して、街全体がぎらぎらして見える。カンザスシティとの発展ぶりの違いに目がついていけないほどだった。
 一方で、駅のすぐそばを流れるシカゴ川では遊覧船が陽気な音楽を流しながら航行しており、のどかな雰囲気も共存しているのだった。

 いったん駅の外に出た僕だったが、大事なことを思い出した。ハリケーンの影響がどうなっているかを訊かなければならないのだ。状況によってはシカゴでの滞在日数を延ばさねばならない。
 駅の中に戻り、アムトラックのインフォメーションカウンターで尋ねてみると、ここではわからないのですぐそこのチケットカウンターで訊いてほしいという。そこでチケットカウンターに行き、前歯の隙間が目立つ黒人の駅員に尋ねてみる。この中年女性は驚くほど無愛想な態度で、「明日の運行状況なんかわからないわよ」の一点張り。「まだ質問があるなら、向い側にあるパッセンジャーサービスで訊いてみて」というので、(いったいいくつ窓口があるんだ)と思いながらそこへ向かう。すると、これまた愛想の悪そうな黒人のおばさん駅員がガムを噛みながら鎮座しており、実にけだるそうに、「明日のことは誰にもわからないわ」と、さっきも聞いた回答を繰り返すのだった。そりゃ天災だから確答ができないのはわかるが、現状の運行状況や今後の見通しなどを少しだけでも教えてほしいのだ。それにこのガムおばさんが腹立たしいのは、僕に語りかけるときにいちいち"Boy"と付けるところだった。しかしここで口論をしても仕方がないし、どうせろくに英語もできやしないので、僕は可能な限り穏便な口調で、現状の運行状況はどうなっているのか再度訊いた。すると、ニューヨーク方面へ向かうアムトラックは、今すべて運行停止していると言う。(それを先に言えよ)と思いながら、僕は再び駅を出た。とりあえず明日の朝にもう一度運行状況を確認するしかないだろう。シカゴはこんなに晴れているというのに・・・、ハリケーンのせいで先々の旅程が読めなくなって、不安な気持ちが募った。

 なんだかんだで時間を取られてしまい、もう夕方に差し掛かっていたので、とりあえず予約しておいた"Hostelling International Chicago"というユースホステルへ向かうことにした。駅からは歩いて20分ほどの距離で、途中、スーツを着た人の良さそうなおじさんに道を尋ねると親切に地図まで書いて教えてくれた。

Hosteling International Chicago(通称:HI Chicago)

 ホステルは、「ハロルド・ワシントン・ライブラリー」という、信じられないほど大きな公立図書館のそばにあった。近隣にはコンビニやちょっとした飲食店なども多く、不自由はなさそうだ。

とてつもなく大きいシカゴ公立図書館

 ホステルの中に入って、あっと驚いた。これまでに訪れた宿とは比較にならないほど開放的で立派なロビーだったのである。二~三流ホテルくらいとなら十分に張り合えそうなほどだ。受付のインド系のおっちゃんも親切で、てきぱきとチェックインを済ませ、カードキーを渡してくれた(ユースホステルで部屋の鍵がカード型だったのも初めてだ)。
 階段を上がると、2階の談話スペースにビリヤード台やいくつものソファが置かれているのが見え、若い旅人たちがここで楽しげに交流している様子が思い浮かんだ。

これまで訪れたどのユースホステルよりも設備が充実していた(写真は公式HPより)

 (さすがシカゴだな・・・)などと感嘆しながら自分の303号室を開けると、広く清潔な部屋の隅に二段ベットが5台置かれており、これまで泊まったホステルの中ではダントツに快適そうだった。各ベッドには親切にも読書灯まで付いている。フロントで10ベッドの部屋と聞いた時にはちょっと狭いんじゃないかと心配したが、ベッド間にゆとりがあるし、一泊36ドルでこれなら上等すぎる。ただし、ユニットバスになっている浴室だけは、あまり清掃が行き届いていない様子だった。
 誰もいない部屋でしばらく荷物の整理をしていると、長身の白人男性が入ってきた。挨拶を交わすと、彼はジョナサンというドイツ人で、バックパッカーとして世界一周旅行をしている最中らしい。「ドイツ人」と聞いてグランドキャニオンの連中がフラッシュバックしたが、彼はフレンドリーで、一期一会を大事にするタイプのように見受けられた。

 時計を見るとすでに18時近かったので、近くのセブンイレブンで韓国の辛いカップ麺と、ミニピザを購入して、簡単な夕食を済ませた。このカップ麺だけがそうなのかもしれないが、沸かした湯を注ぐのではなく、カップに水を入れて、そのままレンジで3分間チンするという作り方だったのが、些細なことだが興味深かった。
 今晩はゆっくり休んで、明日に備えることにする。シカゴの街がどんな刺激を与えてくれるか、楽しみだ。

つづく

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