見出し画像

真面目なんてクソくらえ / 「パイレーツ・ロック」

何度かこのnoteに書いてきたことだが、ハリウッドなどの映画業界では、物語に複数の視点を持ち込んだり、主人公が1人ではなく複数になると観客にウケない、という定説があるそうだ。実際にこうした"アンサンブル・キャスト"の映画は興行収入が振るわないことがほとんどである。2009年の映画「パイレーツ・ロック」(原題は The Boat That Rocked)も、せっかく良い作品なのに全く評価されなかった。ビル・ナイ、フィリップ・シーモア・ホフマン、ニック・フロスト、リス・エヴァンスなど、多くの俳優が参加したリチャード・カーティス監督の意欲作だったのだが、やはりアンサンブル・キャストはウケないらしい。みんなそんなに"主人公"が必要なのだろうか。不思議である。
物語は1966年のイギリス付近の"海の上"である。ロックやポップ、そして放送禁止用語を放送するために北海の公海上まで大勢のDJを乗せて逃げた船上ラジオ局"ラジオ・ロック"の話だ。個性豊かなDJたちと共に船に乗っていた若者の目を通して、政府に反抗する大人たちの姿と、若者の成長を描いている。真面目な顔をしている連中に中指を突き立てるような映画だ。
あらすじらしいものは特になく、ただ映画のラストで船は沈んでしまうというだけだ。DJたちは皆ファンたちの乗ってきた小船に救助される。カーチェイスも大爆発もなく、ただ様々のDJたちがオンエアするロックやポップの名曲を楽しめばいい。僕は大いに楽しんだが、どうやらみんな「ワイルド・スピード」やMARVELの方が面白いらしい。
リチャード・カーティス監督といえば2003年の映画「ラブ・アクチュアリー」で監督を務め、「ノッティングヒルの恋人」や「ブリジット・ジョーンズの日記」「Mr.ビーン」などの脚本を担当した才能ある人物だ。演技の上手な俳優たちを集めて、得意のラブコメディではなくいわゆるコメディとして「パイレーツ・ロック」を監督したわけだが、結果は惨敗であった。
つまり、映画とは、主人公がハッキリと決まっていて、ヒロインも決まっていて、あらすじが思い切り分かりやすければウケる、ということになる。カーティス監督は前作「ラブ・アクチュアリー」でもアンサンブル・キャストを採用していたが、これは"ラブ"コメディなのでウケたのだろう。ポール・トーマス・アンダーソンやイニャリトゥなど、アルトマン監督を尊敬する監督たちが挑戦しているものの、なかなかヒット作に恵まれない手法である。おそらく好評を得た作品は、2004年のポール・ハギス監督の「クラッシュ」くらいだろう。それでもこの作品がアカデミー作品賞を受賞したことには賛否両論あった。作品賞のプレゼンターを務めたジャック・ニコルソンが、「ブロークバック・マウンテン」ではなく「クラッシュ」が受賞したことを知った瞬間に"マジかよ"という顔をしたくらいだ。しかし、この年は明らかに「ブロークバック・マウンテン」が受賞するべきだったことは間違いない。ジャックは悪くない。
「パイレーツ・ロック」は面白いDJたちがいろんなものに"反抗"する姿を楽しむ作品だ。こういう余裕のある映画も観ていて気持ちの良いものだが、多くの人はドカーンとか、怪しいSMプレイじみたシーンだとか、命をかけて君を守るみたいな映画"しか"観ないようなので、監督や脚本家はそのことを肝に銘じて、そういう要素も作品に入れておくと良いのかもしれない。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?