オピオイド危機は医療という闇の一端 / 「ペイン・ハスラーズ」
塩味のポップコーンのビッグサイズを買い、コーラゼロを抱えて映画館に入る前に「どの映画にしようか」と考える時が好きだ。007のような大作にしようか、それとも明らかに退屈そうなホラーにしようかーー。そういう時に、企業の悪行の暴露や政府のスキャンダルを扱う映画を選ぶ人は少ない。
「映画を観にきてお堅いものなんてゴメンだ、MARVELの新作がいい」
それはそうだろう。なぜなら、この列島に住む多くの人は気軽に観られる映画が好きなのではなく、大企業や政治にそもそも興味がない。
2017年、トランプ大統領はオピオイドがもたらす深刻な依存症と中毒死について”公衆衛生の緊急事態”を宣言し、関係各局に対応を指示した。それ以前から報道機関を通じてオピオイドの危険性が問題視されていたことを受けたものだ。なお、一応補足しておくと、オピオイドとは医療で使用されるモルヒネみたいなものだ。
もともと大統領選挙の期間中から、トランプはオピオイド問題を熱心に取り上げていたのだが、この2017年の対策の直前、NASDAQ上場企業 Insys Therapeutics という強力なオピオイドの製品を扱う企業の幹部が片っ端から逮捕された。
2023年からNetflixで配信されている「ペイン・ハスラーズ」は、この企業をモデルにして医薬業界の腐敗を描いた意欲作だ。エミリー・ブラント、クリス・エヴァンス、アンディ・ガルシアなど、実力ある俳優たちが参加している。僕はこういう地味な映画も好きだ。じぶんが生きていれば垣間見ることもないであろう人たちの栄枯盛衰をコーラゼロを飲みながら観ていられるし、そんな問題があったのかと視野が広がることもしばしばだ。
さて、こういう”どうしようもない現実”(real shit)を描写する映画には、銃を撃ち合うシーンもなければカーチェイスも大爆発も激しいセックスシーンもない。監督と脚本家の腕の見せ所だ。最近では、アメリカの化学大手デュポンの不正と訴訟を描いた「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」は良い映画だった。
「ペイン・ハスラーズ」は数十万人もの死者を出したオピオイド中毒と、その過剰な処方を不正と知りながら”成功”のために促進していた医薬企業と医師たちを描く映画なので、全体として暗いトーンになることは仕方ないのだが、なるべく陰鬱な雰囲気になり過ぎぬよう、コメディになるかならないかギリギリのところを撮ったと思う。現代のアメリカ人が抱える成功への執着といい、多くの貧しい人や病人が被害に遭ったことといい、過不足なく外国人の僕に伝わった。そもそも新聞や報道を見ない人たちはこういう映画も観ないのだから、Netflixなら少しでも多くの人が観て問題を知ってくれるかもしれない、こういうことは他人事じゃないですよ、という思いで監督や脚本家はこういう”ウケなさそうな映画”をつくっている。僕はこういう試みが好きだ。
ちなみに、映画のレビュー収集サイトでは評判が良くない。僕は食べログといいGoogleマップの口コミといい、およそ”大勢のレビューの平均点”なんてものをほとんど信用していない。なぜなら、みんなが正しいのならこんな世の中になっていないし、こんな映画も必要ないはずだからだ。
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