down the river 第一章 第三部〜崩壊②〜
「いてて…うぅ…」
自宅に着いたユウは母親の目を誤魔化すので精一杯だった。
臀部の傷の痛みに耐えながら風呂に入り、母親の目を盗み消毒をして、痛みに耐えながら夕食を取り、痛みに耐えながらトイレに行く。
排便時の痛みは一際酷い。しかし不思議なことに不快には感じないのだ。というよりその痛みに愛しさすら感じてしまっている。
ズキズキと痛みが脈打つ度に、胸の奥が締め付けられる感覚が襲う。
痛みの共有と傷の舐め合いという快楽はユウを簡単に虜にしてしまったのだ。
「お母さん、なんだか今日疲れちまった。もう寝るわ。」
ユウは痛みに耐えながら、普段通りの口調で母親に話した。
「うん、わかったよ。なんか今日は確かに疲れてるみたいだね。さっさと寝な。」
「ああ、おやすみ。」
布団に入り仰向けになると臀部に痛みが走る。
「いてて…」
横を向いて寝ようとするが眠りに落ちることができない。
仕方がないことかもしれない。ここ数日の間に様々なことがユウに襲いかかった。
心の整理が追いつかないまま、時間と事案だけが先行してしまったのである。脳が興奮状態であり眠れないのは仕方がない。
ユウは亮子に敬人との情事を目撃された時のことを思い返してみた。
亮子はどんな気持ちだったのだろう。
そして敬人にその事実を伝えた時、どんな反応をするのだろうか。
ユウは考えれば考えるほど自分という人間は極悪人だ、全てを巻き込んで不幸や不遇の場に追い込んでしまう、なんて人間なんだと自分を責め立てた。
目を閉じると闇がぐるぐると渦を巻いている。
このまま、闇に落ちてもいいのだろうか。
いや、もう落ちているのだろうか。
闇の渦に飲まれる様にユウは歯ぎしりをしながら眠りに落ちた。
「ユウ!入れよ!」
敬人の家の庭にある小さな秘密の喫煙所に久しぶりに身体の関係がある男2人が揃う。ユウが眠りに落ちた後、電話があり敬人の体調が良くなったとの連絡を母親が受けたのだ。朝早く起きると母親からの書き置きがあり、嬉しくなったユウは少しだけ早目に敬人の家に向かったのだ。
敬人は病み上がりとは思えぬほどに饒舌だった。昨日の晩にはアレを食べた、コレは美味しかった等と一通り小自慢を聞いていると、敬人は完全に体調も良くなり、食欲も戻ったと誰の目でも判断できた。確かに血色も良好で肌艶も抜群に良い。
ユウは自分の煙草に火を付けた後、自分のライターで敬人の煙草にも火を付けた。
「ユウ、聞いたぜ?テツからな。モテるじゃねえか意外とよ。ハハハッ!」
夏休みにひと悶着あったとは思えないくらい敬人は軽いノリだった。
「タカちゃん…。そんなことよりもあの日のこともう1回謝りたいんだ。もういいよって言うけど、なんかスッキリしないんだよ。」
「お前も、その、男なんだな。阿高と付き合うとか思いもしなかったぜ。」
敬人はユウの言っていることにまったく応じていない。まるで独り言かの様に会話が成立していないのだ。
「タカちゃん、ちゃんと聞くんだ。今日は色んな話をしなきゃいけないんだよ。タカちゃんに。」
「ったく、まぁ確かに阿高はかわいいな。声と…喋り方とかやべえよな?」
敬人は目を下に向けている。相変わらず会話が成立していない。
「タカちゃん…。」
「キスとかした?ってそんな早いわけねぇか!ハハハッ!」
敬人は何の情報も要らないといった様子で、まくし立てた。
ユウは敬人を睨むと煙草を大きく吸い、煙と共に吐き出す様に話始めた。
「聞かないならもう聞かなくていい。タカちゃん、亮子さまに俺達の関係を知られた。」
「え?俺達の…俺達で…俺達で…亮子さま?」
敬人の額に玉粒の汗ができあがっている。良好だった顔色も一気に緑がかってしまった。
「タカちゃん、俺は俺達の関係を皆にバラさないのを条件に亮子さまの足の裏を喜んで舐める様な奴隷になったんだよ。」
「ど…奴隷?え?」
「亮子さまと付き合ってるんじゃねえ。仕えてるだけなんだよ。俺は。」
敬人が手に持っている煙草がポロリと落ちる。
「安心して、タカちゃん。俺達の関係がバレたのはあの祭の日なんだ。俺が…俺がおかしくなっちまったばっかりに…。俺のせいなんだよ。タカちゃん、だから俺が守りきってみせるよ。」
ユウは瞳に涙を浮かべて続けた。
「いつか、いつかタカちゃんを守れる様になろうって思ってたんだ…ん、まぁこれは完全に俺のせいだから、俺が守るのは当然なんだけどね。」
ユウ鼻を擦り、煙草を消すと立ち上がった。
「ユウ…頭が、頭がついていかねえ…。どうすりゃ、どうすりゃいいんだ…。」
「タカちゃん、任せて。たまにはよ、俺に全部任せて!な?タカちゃん。」
「ん、あぁ…。あぁ、あぁ…。」
「さあ、学校に行こう。大丈夫だから。」
「ユウ、待ってくれ。」
「どしたの?タカちゃん。」
「なんだろ、俺なんか変だわ。ハハッ。どうしたんだろ俺。」
「タカちゃん…。」
「お前がさ、阿高と付き合うことになったって聞いてさ、なんか胸の…うん、なんか…。」
「苦しい?タカちゃん…。」
「あぁなんかその…お、おかしいよな?俺達別に付き合ってるわけじゃないのに…自分勝手だよな?俺。ユウに女になれって言っておいて、で?そのユウに女ができたらこんな…気持…なぁ?ユウ…」
「タカちゃんのお母さんもうでかけたんだよね?」
「あぁ…だってこうやって俺達煙草吸ってんじゃんかよ。」
「タカちゃんの部屋に行こう。」
「は?でも、時間が…」
「遅刻したら俺のせいにすりゃいいさ。新田 優の忘れ物に付き合ってましたってね。」
「そん…な。」
「さあ!タカちゃん立って!」
「あぁ…。」
敬人は玄関の鍵を開けるとユウと2人、早足で自分の部屋に向かい、乱暴に部屋のドアを開けると蒸し暑い空気を逃がす様に手早く窓を開けた。
「タカちゃん、俺も正直よくわかんないんだよ。タカちゃんのこと好きか嫌いかで言ったら大好きなんだ。亮子さまは好きか嫌いかで言ったら嫌いだ。痛いことするからね。」
そう言うとユウは手早く全裸になり、臀部の傷に施してあったテーピングを取った。
「いてて、痛い痛い…。」
ユウはテープを全部取り終えると、立ったまま臀部を高く敬人に向かい突き出した。
敬人には肛門近くの傷跡まで全て見える体勢だ。
「タカちゃん、これ見て。亮子さまからしてもらったものだよ。」
『してもらったもの…俺は何を?何を言ってる?』
「ユウ…お前…これ…」
「亮子さまなりの好きっていう表現なんだと思うんだ。」
『やめろ。俺は、タカちゃんが…タカちゃんの…口が勝手に…やめろ…』
「く、こん…目にあって…ユウ…」
「泣かないで、タカちゃん。俺のせいだし、亮子さまはさ、タカちゃんとセックスしてもいいって言ってくれてる。」
『違う…!俺はタカちゃんが…タカちゃんのこと…言うんだ。言うんだ。これを逃したらもう言えないかもしれないんだ。』
「ユウ…そうだよな…俺はお前に好きだなんて言う資格はないよな。」
「俺は、俺は…タカちゃんの…こ…す…」
『言うん…だ!言うんだ!』
「タカちゃんのこと…」
言いかけた時、亮子の身体に刻まれた傷跡、鏡で見た亮子に刻まれた傷跡、亮子の声、カッターナイフで切られた時の痛みに耐える自分、亮子の足の裏を舐めている自分の姿、そして最後に自分の胸にむしゃぶりつく敬人の顔と順番に、スライドショーの様にユウの頭の中で映像が流れた。
「タカちゃん、辛いんだろ?」
「ユウ…」
「泣かないで。俺は…俺は…タカちゃんと亮子さまの…」
泣かないでと言っているユウの目には涙が浮かんでいる。
「ユウ…」
「お、…おもちゃだよ?2人のおもちゃ。ね?」
ユウは両手を広げて、息を大きく吸うとあの時の言葉を、身体と共に敬人へ捧げた。
「さあ、来なよ、タカちゃん。」
・・・
※未成年者の飲酒、喫煙は法律で禁止されています。
本作品内での飲酒、喫煙シーンはストーリー進行上必要な表現であり、未成年者の飲酒、喫煙を助長するものではありません。
※いつもありがとうございます。
次回も本日より3日以内に更新予定です。
今シリーズの扉画像は
yuu_intuition 氏に作成していただきました。熱く御礼申し上げます。
yuu_intuition 氏はInstagramに素晴らしい画像を投稿されております。
Instagramで@yuu_intuitionを検索して是非一度ご覧になってみてください。
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