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【短編ホラー小説】短夜怪談「雪の日の足跡」

ある年、大雪が降った。
足首ほどまでの積雪となり、交通機関が遅れに遅れた。職場から自宅の最寄り駅に着いたのは、深夜。周囲には、誰もいない。雪に世界の音を奪われたように、しんと静まり返っている。やり場の無い怒りでヤケクソ気味に歩いていると、背後から雪を踏む音がした。誰か知らんが同士がいるようだ。勝手に親近感を覚えていると、さくさくと軽快に素早く音が近付いて来る。この積雪でよく普通に歩けるな、猛者かよ。ひょいと振り向くと、誰もいなかった。ぎょっとして足下を見ると、真新しい雪の上を、足跡だけが、こちらに向かって来る。足はおろか、何の実体も無い。見えない。思わず脇に飛び退いて、道を譲る。足跡は変わらぬペースで雪に残り、歩き去って行く。どれくらい足跡を見ていたか分からないが、急に外気温だけでない寒さを覚えて、雪まみれになるのも構わず、全速力で走って帰ったのである。足跡は、あるところから途切れていたのを見たが、そこがどこかは、もう忘れた。
そんなものを見たのはこの一度きりだったが、今でも、雪が降ると思い出す出来事だ。

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