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【創作小説】扇形家奇譚「守り石VS」

「清水石(しみずいし)?」
私・扇形薫は、その綺麗な水の入った透明な石を陽に翳す。陽の光でキラキラしながら波立つ水に、見入ってしまう。煌めく水を閉じ込めた、不思議な石。
下校中、知らない露店が出ていて、綺麗な石がいくつも並んでいた。露店のおじさんに強引に渡された清水石は、その中の一つ。
「そう。貴重なもんさ。中の水は最高に美味くて、飲んだ者を守護してくれるとか」
「これ、飲めるんですか?」
「飲めるよ」
そう聞くと、見た目からサイダーの味を想像してしまう。
でも、いくら綺麗な水でも石に入っているもの、あまり美味しい気がしないような……。
「試してごらんよ。お嬢ちゃんなら特別だ」
「えっ」
彼はニヤッと笑って、私の手にある石に手を伸ばす。割られる、と思ったら横から来た手が石をするりと持って行く。代わりに、手に馴染む勾玉を渡された。
「ーーお前さんが触れて良いのは、こっちの石さ」
「勾楼?」
見れば、勾楼が苦笑いを浮かべて立っている。勾楼は、お祖父ちゃんの持つ勾玉の付喪神。
おじさんは、伸ばしていた手を引っ込めてバツが悪そうに笑う。
「おや、こいつはいけねぇや」
「油断も隙も無いねぇ」
持っている清水石を、勾楼は露店のテーブルへ静かに戻す。澄んだ水が、中で揺れている。
「この子を守護すンのはこっちなんでさ」
勾楼が私を見てるような、視線を感じた。
私は手の中の勾玉をぎゅっと握りしめる。誰にも持って行かれないように。
おじさんは目を丸くした後、豪快に笑い出した。
「俺もまだまだだなあ。一本取られちまった。悪かったね、お嬢ちゃん。またどうぞ」
「あ、ありがとうございました……?」
「ーー帰るよ」
勾楼が、私の手を引いて露店を離れる。
少し歩いて振り向くと、露店もおじさんも消えていた。初めから、何も無かったみたいに。
「勾楼。あのお店、知ってるの?」
「ん。ああしてたまに、こっち側で商売してる店さね。いつも夜に開いてるんだけどさ、今回は何の気まぐれなんだか」
振り向きもしないで説明する勾楼に、ちょっと考える。
「……勾楼、怒ってる?」
「……怒ってないよ」
「何か嫌だったの?」
聞くと、勾楼がぴたりと足を止める。
私は勾楼を見上げた。
繋いでいない方の手を額に当てて、はあ、と溜息をついている。
「勾楼?」
「……ちょいとね、嫉妬してたら嫉妬されたのさ、清水石に」
ん?んんん?どういうこと???
「なに?それ」
さっぱり分からない。清水石が嫉妬?
混乱していると、勾楼が歩き出して少し引っ張られる。仕方なく、足を動かす。
「ともかく。今日は一日、それ首から提げてなよ」
「?分かった」
私は片手で勾玉を首から掛ける。手に持って、何度も見ている勾玉を陽に翳す。優しい翡翠の色だ。
「勾楼」
名前を呼ぶと、今度は私を見た。
「いつもありがとう」
勾楼は一瞬目を丸くした後、そっぽを向くように前を向いた。照れ隠しだ。
「私の本分は持ち主を守ることさ。当たり前じゃないか」
「うん」
何だかおかしくなってきて、私は一人で小さく笑った。

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