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【創作小説】佐和商店怪異集め「金木犀屋敷の記憶」

「花びら」「救い」「握る」のお題をいただいて書いたものです。ありがとうございます。

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芽吹菫は、大学に向かう途中で一軒の廃屋を見付けた。庭の金木犀が、塀を越えて咲き誇っている。甘い香りが、鼻を掠めた。
(もう金木犀の季節か……)
そんなことを思いながら、金木犀の脇を通り過ぎる。その瞬間、視線を感じた。振り向くが、何の姿も捉えない。
菫は内心首を傾げながらも、大学へ向かった。

夕方。
バイトの為、菫は佐和商店へ向かう。
どこからか、金木犀の香りが漂って来る。
どこかで咲いているのだろうと、そのまま歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「もうし……」
「え?」
振り向くと、暗い黄色の着物を着た男性が、少し俯いた姿勢で立っている。顔がよく見えない。
「もうし……こちらを、」
その人は、す、と、両手で手紙を差し出した。
「な、何ですか……」
「こちらを、」
差し出したまま、男はゆっくり近付いて来る。逃げようにも、足が動かない。
男が近付いて来るのも怖い為、菫は受け取れる位置でその手紙を受け取ってしまった。男は一礼すると、すっと消えた。

「この住所、昼間見た廃屋の住所なんですよね」
いつもの佐和商店。
話だけ榊にした後、休憩中に手紙を開けたら、あの廃屋の住所だけ書いてあったのだ。
「調べたのか」
タバコの補充をしながら、榊が返す。
「調べました。多分来い、ということでしょう」
割り箸の補充をしている菫が、普段と変わりなく話す。
「ふーん。面白そうだから俺も着いてくかな」
当たり前のように榊が言うと、菫は目を丸くする。
「え。明日行くんですけど。榊さん、明日お休みですよね?良いんですか」
「予定ねぇし。問題ないな」
榊はにやりと笑う。菫も結局は、納得したように頷いた。

次の日。
菫と榊は、駅前で昼過ぎに待ち合わせして廃屋に向かった。着いた瞬間、菫はあれ、と声を上げる。
「どうした?」
「廃屋じゃないんです」
「どういう意味だ?」
「ええと、」
菫が言い淀むと、家の門がきい、と開く。
菫の喉の奥で悲鳴が出る。門の向こうでにこやかに笑っているのは、昨日手紙を渡して来た、暗い黄色の着物の男。様子が違い過ぎて、背がひやりとする。
「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
二人は男に言われるまま、中へ入る。家は新築のように真新しく、今正に誰か住んでいるような雰囲気だ。榊も気付いたらしい。菫の耳へ口を寄せ、囁く。
「廃屋、なんだよな?」
「ええ……」
頷きながら、でも菫にも何が起きているか分からない。男は、二人を真っ直ぐに庭へ案内する。
「わ、」
「こりゃ……」
視界いっぱいの黄色。そして、甘やかな香り。
菫と榊は、状況を忘れて声を上げる。
庭には、一面に金木犀の花が咲き乱れていた。
男は二人を振り返り、にっこりと笑う。
「良い金木犀でしょう?こちらをご覧いただきたくて」
「……昨日、手紙を私にくれたのは、この金木犀の為?」
男はこくりと頷く。
「この庭の金木犀は、直に寿命を迎えます。花盛りを、見ていただきたくて」
菫は、金木犀を見渡す。
「何故、私を?」
「……香りが、」
ぞくりとした。香り。反魂香を連想してしまった菫は、固まる。
「貴方様の魂が一層、美しく視えたので。この金木犀の美しさも、分かっていただけるかと」
黄色い花びらが、花吹雪のように庭を舞う。視界が黄色に閉ざされる。
(綺麗。だけど、切なくて、怖い気がする)
男の声が、聞こえる。
「ご一緒に。参りませんか?」
優しくも恐ろしい言葉。金木犀が、綺麗だと思う。甘い香りが、菫の身の内と混じり合うような、妙な感覚にもなる。身体が上手く動かない。最期の花盛りという力が、強く菫を引っぱるような。怖いと思うのに、心地よいとも思う。
(この人と、一緒に行きたくない……)
「榊さん、どこ……」
菫の悲鳴のような声へ、直ぐに応えがあった。
「ーーすみちゃん、俺はここにいるぜ」
(榊さん……!)
手を握られる。暖かい手。榊だ。菫は手を握り返す。その手に引っ張られ、ぐいと向きを変えられた。
パッと、黄色い花びらの視界が晴れる。
菫の前には、いつもの笑みを浮かべる榊が居た。それだけで、酷く安心する。
「あいつと一緒に行くことも無いしな」
その一言で救われた気がした菫は、笑って、頷いた。

男は、菫と榊に金木犀を見に来てくれたことの礼を述べると、家の外までまた送った。
「ーーまたいつか」
門の中で、男は一礼した。途端に、門から家から、全ての様子が一変し、寂れた廃屋のそれに戻った。男の姿も消えている。ぽかん、と、菫と榊は家を見上げた。
「金木犀も家も、一番良い時の姿だったのか」
榊の言葉に、菫も頷いた。

すっかり日が傾いた、帰り道。
「……今日はありがとうございました」
「もう夕方かよ〜そんな居たっけか、俺たち」
菫と並んで歩きながら、榊がぼやく。
「何というか……普通の花が見たいですね……金木犀、綺麗でしたけど」
菫も若干項垂れながら言う。
「今度、植物園の花でも見に行くか?施設でも変な花に行き当たったら諦めろ」
からかうように笑う榊に、菫は顔を顰める。行き当たらないと言い切れないところが、菫の弱点だ。
「ーー疲れただろ。適当に飯食って帰ろうぜ」
「ご飯も良いんですか?」
榊が目を見開く。
「何?すみちゃん、嫌なの?労ってよ、おっさんを」
「嫌だなんて一言も言ってないじゃないですか」
言いながら、菫は笑い出したのだった。

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