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【創作小説】佐和商店怪異集め「瓶詰め」

大学帰り。
陽が落ちて暗い。
私・芽吹菫めぶきすみれは一人で帰路についている。いつも通りに歩いていたんだけど、真横から不意に手が伸びて来た。しかも、何かビラを持っている。
「えっ、」
「直ぐそこで店が集まってるんですよ。是非おいでなすって。ーー面白いものもある」
思わずビラを受け取ってしまうと、手がするりと引っ込んだ。目で追うと、ぎょっとした。全身真っ黒な着物を着て、顔も黒い布で覆われて、黒子みたいな格好の一人の男性がいる。背に、大きくて古い葛籠を背負っていた。
「あの、店って」
男性は少し声を出して笑うと、道の先を指で示す。
空にいくつもの提灯が連なり、ぼんやりと照っている。その明かりの下に、いくつもの露店が出ていた。いつの間に。
「またね」
いつの間にか背後にいた黒子の人に背を軽く押され、足が前に出る。途端に、喧騒が私を包んだ。
振り向くと、彼はもういない。景色も、さっきまでの歩道じゃない。私は溜息をついて、露店たちに向き直る。とりあえず行ってみようか。

やっぱりと言おうかなんと言おうか、集まる露店は全て、摩訶不思議商品で溢れていた。パッと見は骨董市みたいなんだけど、よくよく見ると、やっぱり違う。それに、普通に幽霊やらモノノケっぽいモノやらが闊歩している。
こんな光景見たことは無いから、興味を惹かれないと言えば嘘になる。それでも関わるのが正直いろんな意味で怖すぎたから、何を見てもスルーしていた。一つの店に長居もしない。あの黒子の人が言ってた面白いものって、結局何だったんだろう。この品々のこと?この空間のこと?
流し見するのも慣れて来た時、一つの小瓶が目に飛び込んで来た。始めから、そこにあるのが分かってたみたいに。私は引っ張られるように、その小瓶を手に取る。店主は身綺麗なお爺さんで、普通に人間が使いそうなアンティークの小物や古本を、綺麗な模様の布の上に広げていた。私は手に取ってしまった小瓶に目をやる。古く曇った瓶の中には、一枚の葉。これは、
「榊の葉?」
口をついて出た言葉で、手の中の瓶がバチンと反応する。何も起きてないけど、手には確かに何かの衝撃を受けた。店主のお爺さんは、それで初めて私を見る。
「おや。待ち人はお嬢さんのことか」
「え?」
お爺さんと目が合う。不思議な色を浮かべた目が、私を射抜く。もう一度瓶へ目を戻すと、榊の葉に重なるように、透けたこうさんの姿が現れた。……これってもしかして。
「あの。この瓶の中身って……人間の魂ですか」
「よく分かったね。ーー否、お嬢さんなら分かるか」
嬉しくない。何が悲しくてこんな問答しないといけないのか。というか、晃さんは何でこんなことになってるの。お爺さんがにっこり笑う。
「欲しいかい?」
「はい」
「即答とは、格好が良いねぇ」
もちろんこういうところでタダな訳が無い。何を要求されるのか。瓶を握りしめ、身構える。お爺さんは笑ったまま言う。
「私は人だから恐ろしいことは言わないよ。お嬢さん、今読書中の本に栞を挟んでいるね。それと交換だ」
「えっ」
私はカバンの中から、読みかけの文庫本を取り出す。そのまま、栞を抜いた。
紫陽花の押し花の栞。古く変色しているけど、いつの頃からか手元にあってずっと失くさずに使っているもの。
「これのことですか?」
「そうそう。やはり、良いものだね」
お爺さんの目が光る。私には、これの価値が分からない。栞を見た。懐かしいような寂しいような、よく分からない感情になる。こんな形で手放すことになるなんて、ごめんなさい。でも、この手にあるのは大事な人の魂だ。もう少し側にいてほしいから。
“大丈夫。ありがとう”
頭の中に、知らない優しい声が響いた。
それに背を押されるように、私は栞をお爺さんに手渡した。
「確かに受け取ったよ。良かったね。その魂が人の店に回って来て」
ここで開けても良い、と言われたから、私はさっさと瓶の栓を抜く。榊の葉が煙のように消えた。晃さんの姿ももう無い。もう大丈夫だ、と何となく思った。
「大変だね、お嬢さんも。これ、帰りの切符ね」
お爺さんが私に何かを差し出す。受け取ると、名刺サイズのカード。アルファベットでSAKAIGIと書いてある。どこかのお店みたい。
「さかいぎ……?」
「気をつけてお帰りね」
何か答える前に、急に空の提灯たちの明かりが消え、真っ暗闇に放り出された。ええ……。
どうしようかと思ったら、パッと頭上で明かりがついた。街灯。周りを見れば、さっきまでいた露店も賑わいもすっかりなくなり、また違う場所にいるみたいだった。でも、なんというか、元の場所に帰って来たような感覚がある。それにしてもよく分からない場所だから辺りを見渡すと、ぼんやりと明るい一軒のお店が浮かび上がるように現れた。また変な店だろうか。恐る恐る近づくと、窓ガラスに「SAKAIGI」の文字がある。あのショップカードのお店。
「本当にあるお店だったんだ……」
失礼だと思うけど、貰った場所が悪すぎたのでイマイチ信じきれてなかった。許してほしい。カードとお店を見比べてたら、中から誰かが飛び出して来た。
「菫!?」
「えっ、晃さん!?」
何で。驚く間もなく、私は勢い良く抱き寄せられて晃さんの腕の中に閉じ込められる。ここは安心して泣いたりするところなんだろうけど、無事な晃さんを見たら今更少し腹が立ってきた。私は訳が分かってないし。
「……晃さん。ご無事で何よりです。が、何があったか話してもらえるんですよね?」
「もちろん。悪かった」
暖かい手で更に強く抱き締められ、まあ良いかと思ってしまう私は甘いのだろう。背へ手を回し、晃さんの存在を確かめるように撫でてから抱き締め返す。
「慣れてても、肝は冷えるんですからね」
「分かってる。俺もしょっちゅうだし」
笑ってる気配がする。藪蛇だった。仕方ない。結局お互い様ということだ。
とりあえず、このお店なんですか、から聞こうかな。そう考えつつ、私は息を吐き出した。

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