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【創作小説】佐和商店怪異集め「端午の節句」

二十四時間営業でないコンビニ佐和商店の話。

今日は五月五日。端午の節句。
「じいちゃんへの預り物、ちょっと置いてくねー。明日持ってくから」
店長の吉瑞さんがそう言って、古くも立派な五月人形を倉庫に置いていった。
「これは何の謂れがあるんだ?」
夜勤の時間帯。私・芽吹菫と店にいた榊さんが、半眼で吉瑞さんを見る。佐和家の私物は曰く付きが多いのだ。
「知らん。でも何か人の良さそうな人から預かったし、悪いことないと思うよ。じいちゃんが明日来るから、よろしくねー」
吉瑞さんは一緒に持って来た菖蒲の葉を三枚、カウンター内の空きスペースに飾ってさっさと帰って行く。
榊さんは分かりやすく盛大な溜息をついた。

よく分からない五月人形が店内にあると思うと少し緊張したけど、何事も無く閉店を迎えた。倉庫のおばけたちもいつも通り。でも、静かな夜の空気が、妙に歪んでいるように感じた。季節の変わり目ということも関係あるのか、節句の時は色んな気配が混じっている気がする。
榊さんと店内を整えて、カウンターに戻ろうとしてーー戻れなかった。歩いても歩いても、通路の端に着かない。まるで通路が伸びているみたいに。
「変なことになってるな」
「そうですね」
向きを変え、反対側の倉庫へ向かおうとしたけどやっぱり同じ。通路から出られない。
いつも聞こえる倉庫からのラップ音が、聞こえなくなっている。異空間的な、違う場所に紛れ込んでしまったのだろうか。考えていると棚の向こうから、不意にひた、ひた、と音が聞こえた。榊さんと顔を見合わせ、黙って身を屈める。閉店後の店内に、お客さんはもういない。聞いていると段々裸足の足音に聞こえて、全身総毛立つ。足音は、向こう側からゆっくりこちらへ回って来ようとしている。私たちはここから動けないのに、鉢合わせてしまう。
棚のコーナーを曲がって現れたのは、人間の足を持つ、泥の塊だった。人型っぽい形をしているけど、人には見えない。どろどろの何か。足だけがはっきりと人間のものと分かる、異様な姿だった。顔なんて無いのに、こっちを見ているのがはっきり分かる。呻き声みたいなものも発していて、確実に悪意を感じた。榊さんが息を呑んでいるのが、気配で分かる。私も同じ。手を引かれてパッと立ち上がる。
でも、私たちはまた違うものを見た。泥人間?の背後に、立派な甲冑を来た若い男性が立っているのだ。
「おいおい、今度は何だ」
榊さんがそう、声を出していた。訳が分からないことが重なると、一瞬怖さが飛ぶ。でも、あれ?見覚えがある。この人……。
「預かった五月人形?」
「何だって?」
甲冑の五月人形は無言で刀を抜くと綺麗に一閃、泥人間が振り向く前に斬った。断末魔と共に、泥人間は霧のように散った。彼は静かに刀を収めると、真っ直ぐ私たちの元へ歩いて来る。私は榊さんの背に隠された。五月人形は、榊さんに一振りの刀を差し出す。
「これで、場の厄を斬ってから離れなさい。一度きりの役目なれば、そなたの持つ守り刀も妬かぬよ」
「なっ、あんた何を、」
榊さんの言葉が終わる前に、彼はにこっと笑って消えた。明るく静かになった店内。榊さんの手には、確かに刀がある。すっかり頭から飛んでたけど、カウンターにもあっさり戻れた。
「厄払い、ってか?」
榊さんは苦笑いを浮かべると、カウンターから出て鞘から刀を抜いた。そのまま、払うように空を斬る。こんな時だけど、榊さんの所作が決まっていて、格好良いと思った。空気が綺麗になる。何の歪みも感じない。
「明るくなったな」
「空気も綺麗になりましたね」
榊さんが刀を鞘に戻してカウンター内に戻ってくる。
「刀、どうするかな」
「榊さん、それ」
刀に目を向けた榊さんは、目を丸くした。
手にあるのは、刀ではなく萎れた菖蒲の葉。榊さんは優しい目で、それを見下ろす。
「なるほど。一度きりの役目ってこういうことか。菖蒲の葉は、剣に見立てられた魔除けだからな。やっぱり、さっきのやつはすみちゃんが言う通り五月人形か」
私たちは顔を見合わせて、安堵から笑みが浮かんだ。同時に、倉庫からいつものラップ音が響く。
思わず二人で倉庫を見た。
「……あいつらが除けられないのは永遠の謎だな」
「本当ですね……」
安心しきれず、かと言ってもう危険は無い。複雑な気持ちで、私は頷いたのだ。

帰り際、カウンター内に飾られていたはずの三枚の菖蒲の葉が一枚無くなっているのに気付いたけど、驚きは無かった。

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