読書感想文 柚木麻子「マジカルグランマ」
映画監督である夫との結婚を機に女優を引退し、主婦となった正子は70代半ばになった現在、夫とは敷地内で別居し、ろくに顔も合わせないようになっていた。
最早自分に関心のない夫との離婚後の生活を見据えて、収入を得る手段として、脇役専門のシニア俳優を派遣する事務所に所属し、再び女優の道を歩み出す。
それからしばらくしてとあるCMに出演したことをきっかけに、「日本のおばあちゃんの顔」として世間に認知されるようになる。
しかし、夫の死を機に冷え切った夫婦生活が知られ、正子は叩かれ出す。女優としての活動もできなくなってしまう。
そんな時、生前の夫と交流があったらしい自称映画監督志望の杏奈という女性が正子の家に押しかけて来る。初めは彼女を疎ましく思っていた正子だが、家に集まってきたマスコミを上手くあしらってくれたこと、家のことをする際の労働力になること、杏奈から徴収する下宿代が貴重な収入源になっているなどの理由から、なんだかんだで同居生活を続けていくことになる。
とはいえ、いつまでもそれだけの収入で暮らしていくのは難しいため、正子は住んでいる屋敷を解体して土地を売ろうと考えるが、解体の費用がかなり高額になることを知り、解体費用の捻出のために屋敷にあるものを、杏奈の協力を得てメルカリで売るが焼け石に水だった。
そこで、もう一度女優として活動して収入を得るべく、就活を始める。
面接のために訪れた事務所で正子はセクハラ発言をされ、嫌な思いをするが、別のスタッフから好きな映画について問われ、熱心に語る。しかし、そのスタッフの発言で、親友と観た思い出の映画で、正子の核とも言える「風と共に去りぬ」がマジカルニグロという差別問題を孕んでいることを知り、正子は愕然とする。
マジカルニグロとは
を意味する差別用語らしい。ずっと大好きだった、名作中の名作だと信じて疑わなかった映画が、実は黒人差別という側面があること、そして、自分が作品を楽しむためにそこから目をそらしていたことに気づき、正子はショックを受ける。
それを機に正子は自分もまた、世間が求める理想のおばあちゃんを、いわば「マジカルグランマ」を演じていたことに気づく。
自分が今まで「そういうもの」として流してきた思い込み、意図しなかった差別や無意識の偏見を自覚し、正子は揺れる。
そんな正子の思いは決して他人事ではない。ただ自覚していないだけで私の中にもきっと、色々な偏見や思い込みはある。
いつか、正子のように老境に差し掛かかった時に自分の中にある偏見に気づく時が来るかもしれない。そうなった時、正子がそうしようとしたように、自分なりにその価値観を見つめ直し、再構築できる人間でありたいと思う。
マジカルグランマを演じるのをやめた正子は、新しいことに挑戦しようとする。それは周囲の人々を巻き込み、彼らが変化するきっかけにもなった。
そして、正子自信も思いも寄らないところに進んでいくことになる。
世間が求める理想の〇〇になんてならなくていい。
その意思があれば、何だってできる。どこまでも行ける。
人はいくつになっても、殻を破ることができる。
そう思わせてくれる作品。
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