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旅香記Ⅵ_アムステルダム

右足の人差し指と中指が痛い。先の方はここ数日ずっと痺れたようになっている。ネットで調べたら、やはり歩きすぎによる症状らしい。ヘルスケアアプリを確認したら、旅行が始まってからの八日間で毎日二万歩前後は歩いているようだった、それだけ歩くと足にもガタが来るということか。今回持ってきた靴は二足、ショートブーツとローファーの形のレインシューズ。どちらもチャンキーヒールなので歩きやすくはあるが、スニーカーよりは負担がかかっているらしい。スニーカーで来ているYには特に足の不調がないようだ。

そんな旅の九日目、朝七時。
アムステルダムのホテルにいる。
この時間の窓が暗いことに驚かなくなった。

昨日の昼にユトレヒトからアムステルダムへ移動してきた。
ユトレヒトと同じように煉瓦造りのかわいらしい家が並ぶが、ユトレヒトの家々よりも押し並べて階数が高いような気がする。
そして、ユトレヒトよりも風が強くて散らかっている。この二点は因果関係にあるのかもしれないと思う。

アムステルダムに着いてまずは、ゴッホ美術館へ行った。
その名の通り、ゴッホの作品を多く収蔵し、ゴッホの仕事を体系的に紹介する常設展示を持っていて、とても充実したミュージアムだった。
たしか、自画像・ゴッホが師とした農民画家たち・ゴッホ自身の農民画・パリ時代・肖像画・静物画・他の画家との交流・弟との関係・亡くなる直前の作品群というような章立てだった。
ゴッホ作品を中心に観つつ、関連の深い他の画家の作品も参照できて、ゴッホを深く知れたように思う。
ゴッホの作品でいちばん印象的だったのは、『花咲くアーモンドの木の枝』だ。この絵は、ゴッホが支援者でもあった弟テオの子供の誕生を祝って描いた作品だそうだ。テオは息子を兄の名で名付けようと決めており、ゴッホはそれを喜んでいたという。
濃く明るい水色の背景に、白い花をいくつも付けたアーモンドの枝が描かれている。背景の水色は、見たことのある画像よりも黄色みが強く、明るい印象だった。そこに描き込まれたアーモンドの花の優美さと清らかさ。奥行きは少なく平面的に描かれた絵なのに、単純に見えないというか、春の空気やアーモンドの花の香りを今にも嗅げそうに実在を感じた。
母がこの絵を好きだと言っていたので、おみやげにマグネットを買った。額付きのものを母と祖母に一枚ずつと、自分にも一枚、コレクションに加えるために額なしのものを選んだ。

ゴッホの他では、モネの描いたチューリップ畑やアムステルダムの景色、ルドンの桃も美しかった。


また、絵画以外の展示も興味深かった。
絵の具ののり方を顕微鏡で見られるコーナーや手紙の朗読を聞けるコーナーがあったほか、ゴッホが使った毛糸というのも展示されていた。高価な絵の具を節約するために、配色の実験に毛糸を使っていたらしい。ゴッホの絵は絵の具が厚塗り(というかもはや「厚のせ」?)だから、納得してしまうエピソードだ。
中国のものらしい赤い木箱に納められた毛糸玉たちは、たしかにゴッホの色をしていた。

さらに、企画展もすばらしかった。
ゴッホや同時代の画家がセーヌ河畔で描いた作品を集めた企画展で、ゴッホのほかにスーラやシニャックの絵画が多く出ており、どれもすばらしかった。
シニャックの描く水面も好きだと思った。
モネ、シスレー、シニャック。この三人の描く水面が私のお気に入りだ。

思い返すほどに、すばらしいミュージアムだった。
これからは、好きなミュージアムを問われたらゴッホミュージアムとオルセーだと答えたい。

朝ユトレヒトのホテルでビスケット(ディック・ブルーナの愛した地元のパティスリーのバタークッキー)を食べて以来何も食べないまま十八時までゴッホミュージアムにいたので、出るときにはふらふらだった。そばのスーパーマーケットでパンをいくつか買って食べた。オリボーレンという揚げドーナツが、すごく安いのにすごく美味しかった。この旅行で初めての食べ物を色々と食べて、「これは何の味か分からないが異様に美味しい、なぜだろう」と考えることが何度かあったが、今回もそうだった。卵や牛乳のシンプルなドーナツに思えるが、なんだかやけに美味しかった。日本にもあったらいいと思う。

腹ごしらえの後は、同じミュージアム広場にあるMOCOという現代アートのミュージアムに行った。
二十世紀初頭に建てられた煉瓦造りの三階建ての邸宅が美術館に転用されていて、古き良きという形容の似合う外観の中にきらきらぎらぎらしたModern/Contemporary Artが並んでいる。
アンディ・ウォーホルからバンクシーまで、作品数は絞られているが充実した展示だった。

MOCOを出ると冷たい突風が吹き荒れていて、言葉少なに身を縮めながらYが見つけてくれていたオランダ料理のレストランへ向かった。Googleレンズの翻訳を駆使して選んだのは、豆のスープとコロッケ、牛肉煮込みのせマッシュポテト。私はハイネケン、Yはダチョウのロゴマークの白ビールを飲んだ。マスタードソースを付けて食べるコロッケ(クロケット)がいちばん美味しかった。牛肉の煮込みは少しパンチが足りないように思ったが、テーブルにあった胡椒をかけるとぐっと美味しくなった。テーブルには塩と胡椒、ケチャップと、マヨネーズのような、しかしマヨネーズとは書いていないボトルが置いてあった。確かめるために食べてみるとやはりマヨネーズだったが、あっさりしているのにコクがあって日本のマヨネーズよりおいしかった。スーパーで買って帰ろうか。マヨネーズ好きの母にも食べさせてあげたい。HELLMAN'Sという名前を覚えておこう。
Yは「このマヨネーズならマヨラーになる」と言いながら、牛肉にそのマヨネーズをかけて食べていた。パリでなぜかずっと飢えていた彼は、久しぶりに満腹になったと喜んでいた。

大満喫の初日を終えて、今日は二日目。
昼過ぎまで中央駅とその南のエリアを観光して、夕方はアムステルダム国立美術館を訪ねてから運河のクルーズに乗る予定だ。
八時を過ぎて少し空が明るくなってきた。
今日もがんばって歩こう。

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