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「イノベーション統一理論」⑦~「ブルー・オーシャン理論」(キム&モボルニュ)とは?

「ジョブ理論」「ブルー・オーシャン理論」のどちらから入ろうかと迷いましたが、まずはより知名度が高いと思われるブルー・オーシャン理論の紹介から入ることにします。以下は「新版 ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する」(2015、W・チャン・キム/レネ・モボルニュ、ダイヤモンド社)からの引用を主として、私なりの理解・解釈も加えたものです。

ブルー・オーシャン理論は当初にも触れましたように「商品価値観点」の理論です。その核心部分は「戦略キャンパス」「価値曲線」と呼ばれるツールを使って新たなビジネスモデル、商品・サービスの価値を見出そうとするプロセスにあります。その方が話が早いのでまずは実物をお見せします。

※『ブルーオーシャン戦略』(キムら、2005)を参考に井上作成

このチャート全体を「戦略キャンパス」と呼び、そこに描かれている折れ線を「価値曲線」と呼びます。「ブルー・オーシャン戦略」の策定はまず、対象とする市場の分析としてこの戦略キャンパスを作成することから始まります。これは「ワイン市場」の例です。

ワイン市場というのは典型的なレッド・オーシャン市場です。素人目には価格以外には違いも判らない幾多の商品がしのぎを削っています。しかし価格以外には違いが無いかというと、シロートには面倒くさいだけでも、通、マニア、愛好家にはわかるいわゆる「うんちく」と呼ばれる品種やヴィンテージなどの競争要因があります。

戦略キャンパスの作成はまず当該市場におけるそのような競争要因の洗い出しと現状把握から始まります。横軸に表記されているのはそのワイン市場における競争要因です。縦軸は競争要因ごとに企業が注力し、買い手が享受してる価値のレベル=パフォーマンスの高さを表現しています。そして、当該市場における「競合」の状況をプレイヤーごとの「価値曲線」で表現します。プレイヤーごとの価値曲線を引き、それを比較することでこの市場の各プレイヤーの戦略と競合の特性、構造を表すのです。この戦略キャンパスの場合には「高級ワイン」と「デイリーワイン」が比較されています。

この市場の捉え方と比較対象の選択の仕方については下表のような「6つのパス」というヒントとなる観点が提供されています。この例の場合には1の「業界」に該当し、「正面競争」の観点でワイン業界におけるライバルとなる既存の高級ワインとデイリーワインを対象としたものです。

しかしこの両者の価値曲線の比較をしてみると、高さのレベルが異なるだけで似たり寄ったりの形でしかないことに気づきます。即ち、業界内での正面競争における比較観点ではどちらも際立った特徴=メリハリが無く、独自性も無いということです。すなわちどちらにも「訴求力のあるキャッチフレーズ」はないということです。これが上記した「素人目には価格以外には違いがわからない」ということです。レッド・オーシャンとはこのようにプレイヤー間に競争要素の「レベルの差」以外には目立った違いがない市場です。レベルの高さが売価の高さやシェアの高さに直結するため、そのレベルを競合より高めることをドグマとしている世界観です。しかしそれではプレイヤーの疲弊を招くばかりの弱肉強食の世界となります。

そこで、新たな市場、商品価値を創造してそのような不毛な競争を避けようという発想が生まれます。それこそが「ブルー・オーシャン戦略」です。これをキム&モボルニュは「市場の境界を引き直す」という言い方をしています。これはいままでに定義されていなかった新たな市場を創造することです。そのために新たな商品価値を創造する、すなわち新たなカテゴリーの商品・サービスを創造するということでもあります。上記の「6つのパス」とは「ブルー・オーシャン戦略」策定の為にその「市場の境界を引き直す」観点でもあるわけです。

ブルー・オーシャン戦略の策定の次の段階は既存の商品・サービスのビジネスモデルとは異なる価値曲線を仮説的に描いてみることです。その新たな価値曲線は上図にも付記してありますように、

①メリハリがあること(戦略的に特定の競争要因に集中している)
②高い独自性(比較対象の価値曲線に対して独自の形状を示している)
③訴求力のあるキャッチフレーズが打ち出せること(要はターゲットから魅力的に感じられること)


が必要であるとされています。

この為の手順としては
・みずから最前線に足を運んでブルー・オーシャンを創造するための6つのパスを探る
・代替財や代替サービスの優れた点を見極める
・様々な競争要因について廃止、追加、変更などの必要性を判断する

が紹介されています。

競争要因の廃止、追加、変更などについては以下の4つの観点があります。これを「4つのアクション」と呼びます。「4つのアクション」によって新しい価値曲線を作れば、コストを下げながら価値を高めることができるとされています※。

【コスト減要素】
Q1:「取り除く」~業界常識から取り除くことは?
Q2:「減らす」~業界標準よりも思い切り減らすことは?
【コスト増要素】
Q3:「増やす」~業界標準よりも大胆に増やすことは?
Q4:「付け加える」~新たに付け加えることは?

※原典にも「価値を高めながら同時に低コストも追及」(pp.076)や「差別化と低コストのトレードオフを解消」と記述されていますが(pp.078)この真意は全体の文脈から「高める」や「差別化」ではなく、「高い利益を伴うブルー・オーシャン市場を創造するための新たな価値を生みだす」ことであると解釈するべきです。

さて、上記のようにワイン業界の場合業界内での競合との比較においては価値曲線の形に大きな違いはなかったわけですが、ビールやカクテルなどの「代替産業」と比較してみるとどうなるかということを考えてみたとします。下図は原典には無いものですが、わかりやすくするために原典の記述を参考にそのビールやカクテルなどの価値曲線を追加したイエローテイルの戦略キャンバスを作成してみたものです。

するとビール・カクテルドリンクの価値曲線はワイン業界とは明らかに違うことがわかります。この業界はワイン業界の3倍の売上規模を誇っていましたが、その根底には「面倒くさい」ワインには多くの人たちが興味を失っていた一方で、「気軽に飲める」、「選びやすい」、といういう競争要因があり、友人たちが集まる場で飲まれているということがあったわけです。

このような観点で開発されたのが「イエローテイル」です。この商品はワインをワインとしてではなく、ビールやカクテルなど他のアルコールを好む人にとっても手が伸ばしやすい友人たちと気軽に楽しめる飲み物として発売され、短期間に世界の有力ブランドに成長しました。従来ビールやカクテルを飲んでいた人を顧客として取り込むと同時に、テーブルワインを買っていたワイン初心者の購買頻度を高め、さらに、ローエンドワインの購入者層が購買単価を高めてイエローテイルを買ったり、高級ワインの利用者がイエローテイルにも手を出す、という現象が起きたのです。

イエローテイルの価値曲線は

【Q1:取り除く】
・”かえって”愛好者以外の広い層のワイン購入を阻害していると考えられた「ワイン造りの極意や謳い文句」、「ヴィンテージ」(熟成)を取り除いた。
・また、それまでワイン業界やビール・カクテルドリンク業界で行われてきた広告や販促に関する多大な「マス・マーケティング」投資も取り除き、販売現場でのプッシュ販促に徹した。これらによって多大なコストが節約された。

【Q2:減らす】
・同様に広い層の購入を阻害していると考えられた「伝統や格式」、「香りや味わい」(タンニン、オーク、深みなど)、「品種」の要素を削った。

【Q3:増やす】
・「価格」についてはそれらと対抗できるものの、デイリーワインやビール・カクテルドリンクより高めに設定した。

【Q4:付け加える】
・広く飲まれているビールやカクテルドリンクを参考に「飲みやすさ」、「選びやすさ」、「楽しさや意外性」という要素をワインの競争要因に追加した。

という特徴を持っています。これによって、従来のワイン業界にはないメリハリ、独自性、訴求力のあるキャッチフレーズを持つ独自の価値曲線が出来上がっています。それによって上記のように急速に市場に浸透するとともに高い利益をもたらす結果になったわけです。

このような価値曲線は「アクション・マトリクス」というツールを使って検討・作成されます。このツールを使うことによって、競争要因についての検討が綿密に行われることとコスパを高める効果があるとされています。イエローテイルを例にとると以下のようになります。

この検討の結果、上記の戦略キャンバス、価値曲線が「創造」され、それがブルー・オーシャン市場の創造でもある、ということになります。

イエローテイルの例を含め、原典に記載されているオリジナルの戦略キャンバス・価値曲線をランダムに選び以下に4例引用します。いずれも同様の手順で検討・作成された「ブルー・オーシャン」の商品・サービスのビジネスモデルについてのものです。

長くなりましたが、ブルー・オーシャン理論における価値創造の核心部分は上記の通りだというのが私の理解です。誤解もあるやもしれませんのでお気づきになられればご指摘ください。また詳しくは原典をお読みになることをお勧めしますが、この連載の必要上、理論の理解を共有しておく必要があるので本稿を設けた次第です。

この連載の目的は「統一理論」の確立ですから、次回以降にこのブルー・オーシャン理論が前回までのご説明のように、すでに統合された油谷・梅澤理論と整合しているのかについて検討したいと思います。それはイノベーションというものの本質を解き明かすことでもあり、再現性を持つ成功確率の高いイノベーションへのアプローチを確立することでもあります。







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