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インタビュー調査の都市伝説・さらにあれこれ~「グルインは3~4人がベスト」説への疑問

もともとアスキングのインタビューでは対象者の集中力が散漫になりやすく、オンライン化による「空間の分断」によりそれはさらに促進されてしまうことはすでに理論的に説明しました。この理論では「グループ人数が少なければ注意力の低下は多少防がれる」ということも説明できます。自らの発言ターンではない「アイドルタイム」が短くなるからです。また、そもそもインタビューの時間を短くすれば「時間疲労」による集中力低下の量も減ることも説明できます。

業界団体はコロナ禍によるインタビューのオンライン化に際してグループインタビューの人数を減らすことと時間を減らすことを推奨しました。インタビューの維持という観点だけならそれはありえるかもしれません。

しかし一方で時間と人数を少なくすると得られる情報量は当然減ります。即ち、インタビュー調査のクオリティや顧客満足を考えるとそれはあってはならない選択でした。

当時、そのやましさからか「グルインは3~4人くらいがベスト」という都市伝説がささやかれたこともありました。詳しくは述べませんが、しかしそれはちょっと首をかしげざるを得ないような「トンデモ理論」に基づくものであったというのが偽らざる私の感想です。

それではグループインタビューに望ましい人数とは何人なのでしょうか?

本連載の冒頭で既述ですが、私はグラフ理論のエッジの数を根拠として考えています。これはホイール型(アスキング)と完全連結型(リスニング)の優劣比較に使える考え方なのですが人数の優劣についても考えることができます。

グラフ理論とは図形を「ノード」(結節点)と「エッジ」(ノードをつなぐ辺)に分けそのつながり方によって図形の性質を解き明かそうとするもので「一筆書き問題」の解明に使われたのが有名です。最近では社会科学にも応用されていて、組織論やネットワーク論にも使われます。上図のようにグルインでアスキングを行う場合は「ホイール型」、リスニングの場合は「完全連結型」のグラフとなるのが必然です。このそれぞれのグラフのエッジの数は話し手観点での「対話」の種類の数となります。対話においては話し手と聞き手がいますが、アスキングの場合は常に話し手と聞き手が決まっている一方、リスニングの場合はどちらにもなりえます。すなわち、情報の流れが単方向なのか双方向なのかという違いが生じます。流れる方向が違う情報は違う種類の情報だと考えられます。するとアスキングではエッジの数が情報の種類数(関係数)であるのに対して、リスニングではエッジの数の2倍が情報の種類数となると言えます。その考え方でアスキング、リスニングそれぞれにおける参加人数(ノード数)の違いがどれほどの情報量ポテンシャルの違いを生むのかを試算したのが上表です。

リスニングの場合、3人から4人に1人増えると関係数は2倍になります。つまりこれは1人分の増員コストで情報量が2倍になるということですから、グルインは少なくとも4人以上で行われるべきだということを示唆しています。これは経験的に言っても正にその通りで3人以下しか出席が無い場合は不実施とするかグループとしないという判断をしてきました。グループダイナミクスが発生しづらくなるのです。

そしてさらに5人に増やした場合には1.7倍、6人に増やした場合は1.5倍と逓減はしていきますが四捨五入すると2となる大きな増員効果があります。しかし7人あたりから増員効果はそれほどでもなくなりますからグルインは4人以上5~6人で行うのが効率的であるという結論となります。リスニングであっても人数が増えすぎるとやはり「社会的手抜き」が発生しますし、実務としてはコストの問題もありますから、それ以上にあえて人数を増やす意味はありません。

これも実態としてはそれくらいの人数が一般的であることと整合します。その人数が日本で一般的であることについての説明は見た覚えがなく、巨匠方の経験則で決まってきたというのが私の理解なのですが、こう考えるとまさにその経験側が当を得ていたということになります。

上で業界団体の対応を批判しましたが、しかし、実はアスキングの場合は人数の増減は情報量の増減にさほど影響しないというのも上表で明らかです。故に深く考えもせず人数を減らすことを推奨したのでしょう。しかし、アスキングはリスニングに対して得られる情報量が圧倒的に少ないというのも上表で同様に明らかになっています。そもそもオンライングルインが上手くいかなくなったのもアスキングであったからだと考えますと、本来なされるべき対応はアスキングのまま人数や時間を減らすことではなく、アスキングからリスニングへの移行であるべきであった、というのがここに来ての結論となります。元来、インタビュー調査への顧客満足度は高くはなかったのですから※。

※しかし、そもそもこの問題が根深いのは、リスニングの正しい方法論を知らず偶然発生しているグループダイナミクスをみて良しとしている人たちは「自分たちがアスキングを行っているとは認識していない」ということです。「リスニングへ移行」という対策はそれ故に顕在化せず潜在したままであったわけです。

グルインの人数についての議論には情報量以外にもう一つの観点があります。それは「人数が多すぎると話がまとまらない」というものです。確かに、会議などでは人数が多いほど紛糾するか、誰も話さないかのどちらかになります。これについてはどう考えるべきでしょうか?

この課題に示唆を与えるのが「オーデルの実験」です。

これは、集団心理学の実験で、グループで討議をさせたときに、「意見の不一致」と「緊張」が人数によってどう異なるかを検証したものです。その結果は、「人数が多いほど緊張は緩和されるが、意見の不一致が生まれる」というものでした、緊張の緩和は社会的手抜きにもつながり「誰も積極的に意見を言わない」状態を促進してしまうとも考えられます。

オーデルはこの結果を以て討議は4人くらいに人数を絞った方が活発に話し合いがなされ、しかもまとまりやすいと結論付けました。

確かに、私も経験的にインタビューではなく、調査主体側でその分析を行うワークショップなどの「討議」をする機会には「4人グループ」を採用します。それが最も効率よく作業を進められるからです。

しかし一方、「グループインタビュー」とは討議をして何か一つの結論を出そうとするものではなく、既述のように「市場を映す魔法の鏡」と考えると、話がまとまるか否かという基準ではなく、より多くの情報が得られるか否かという基準で考えるべきだということになります。「話がまとまらない」とは正に「様々な見方がでてきている」ということに他なりませんから調査としてはむしろその状態の方が好ましいといえます(その状態が好ましくないと考えるのは「司会」や「分析」の方法を知らない、ということにも他なりません)。

それと上記のグラフ理論の観点を合わせるとやはりグルインはオーセンティックな5~6人程度で行うのが良い、という結論になります。


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