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「イノベーション統一理論」⑤~「NOHL理論」と「ニーズの系統発生理論」は表裏一体であった!

今から6~7年前のことですが、ある自動車メーカーから「5年先に発売予定の自動車のデザイン評価」が可能か?というお題を頂きました。当時検討されていたあるカテゴリーの自動車のデザイン案が5年先の市場で競争力を持つのかを判断するというのがマーケティング課題です。これはとてつもなく高度な調査です。当然ですがこの5年間に市場も消費者も変化するからです。「5年先に買うとして、最も望ましいと思うデザインをお選びください」というようなナンセンスな調査も横行していますがそれでは役には立たないでしょう。というわけでこういう場合はそもそも消費者調査の対象にもならないことも多々あり専門家へのヒアリングが行われたりします。しかし、そもそも、その専門家がどうすれば良いのかがわからないためにこのようなオーダーが出てくるわけです。

これをどう解決するのか?を考えたときに頭に浮かんだのはNOHL理論を応用するということでした。

その論理は
①まず市場変化の方向性(NH方向)を把握する
②その方向性においてより好まれるもの(Iが大きいもの)を把握する
③分析によってそれらの要因を抽出し、評価の理由を判断する

ことによってこの課題が解決できるのではないか?ということです。

具体的な方法としては、現在存在するそのカテゴリーの商品デザインとデザイン案を自社、競合含め複数案提示し、NOHL理論に基づいて「レベルの高さ」、「新しさ」、「共感」について量的な評価を行うというものでした。これによって、各デザインはNOHL図上にIレベルとともにプロットされるということになります。定性調査にしなかったのは「判断」が必要だからです。そして新デザインの可否判断基準として既存商品よりもNH方向にプロットされること。OHゾーンもしくはNLゾーンのに位置付けられた場合にはIが十分に大きいこととすればよいのではないかと考えました。

しかし量的調査にする場合「レベルの高さ」と「新しさ」及び「共感」を客観的なパラメータにして設問しないと回答者の解釈が多義的になり、回答内容が質的にバラつくという問題が懸念されました。そこで「レベルの高さ」(H)と「新しさ」(N)及び「共感」(I)とはこのカテゴリーの場合どう規定するべきなのか?ということが課題となりました。そこで改めて深く考えなければならかったのはそもそもHやNあるいはIとは何を意味するのか?ということでした。NOHL理論とは融通無碍である一方その定義が良く言うと「自由」、悪く言うと「曖昧」という問題がありました。

そこで油谷先生が書き遺された文献などを精査することになったのですが、改めて気づいたのは先生が「消費者」という言葉を嫌われ「生活者」や「生活」という言葉を好まれていたこと、それ故に自らの分析手法を「生活心理分析」や「生活行動分析」あるいは 「生活連関構造分析」などと称されていたことなどでした。さらに「商品選択の第4原則」は生活工学を提唱され梅澤先生の師匠でもあった小嶋外弘先生の「HM理論」を発展させたものであるということもわかりました。ちなみに梅澤先生もこのHM理論を調査の分析の際の観点として取り入れておられます。同様に油谷先生の言われる「パッケージング価値」と「プロダクト価値」は「コンセプト」と「パフォーマンス」に相当すると考えられますし、購入継続条件(r)とはパフォーマンスが高いこと、あるいは満足を経験していることだと解釈できます。

というわけで即ち、油谷理論とは梅澤理論同様に「生活工学」に該当するものに他ならない、と判断したのです。つまり油谷理論と梅澤理論は「根っこは同じ」だと考えたのです。

ここで再度NOHL図とニーズの系統発生図を見てみましょう。

NOHL図(油谷)


ニーズの系統発生図(梅澤)

ここで着眼したのはNOHL図の「市場の変化を支える力」が「生活者の欲求」であるということ。そしてNOHL図の「市場変化の方向性」(NH方向)への矢印とニーズの系統発生図の「人類の進化の方向性」への矢印です。後者の矢印は正に 「生活者の欲求変化の方向性」であり、前者の矢印と実は同じ方向を向いている同じ矢印だということに気づかされたわけです。故にこの矢印の方向を合わせ両図を重ねてみると以下のようになります。

油谷理論と梅澤理論の統合(井上)

これで明らかになったのは、N方向(新しさ)とはディファレントニーズの方向性、すなわち生活の種類が変化したり新たな生活が出現するという方向性であるということです。すなわちNとは「新しい生活」の新しさであるということです。一方、H方向(ハイレベル)とはベターニーズの方向性、すなわち「満足のレベルを高める」という方向性であるということです。「ハイレベル」とは「ハイパフォーマンス」と言い換えても良いということになります。またIとはその位置にプロットされた商品に対しての「ニーズの強さ✕広がり(ボリューム)」であると考えれば話は整合します。

昔からなんとなく似たことをおっしゃっているとは思ってきましたが油谷理論に初めて触れて40年、梅澤理論に初めて触れて30年に至らんとする時点でその両者が実は同じことの裏表の関係を成していたということに気づいたわけです。裏表とは「商品価値」と「ニーズ」の関係であるということです。正に鳥肌が立ちました。

それをまとめると下図のようになります。

さて、本筋とは外れるものの、元のお題に話に戻りますが、ここまで理論・手法構築を行った上でクライアントに提示しましたのは下図でした。この理論・手法はデザイン評価以外にも各種のシーズ開発の可能性を判断する場合にも応用できると考えています。

上記のような検討の結果、この調査におけるパラメータと設問設定は下図のように行いました。実験の意味合いもあり、絶対評価と相対(順位)評価の両方を行っています(結果は大きな違いはなく整合した)。また調査は二度にわたって行われ、第一次の調査で得られた結果からデザインを修正し同様の第二次の調査を行うという段取りで実施されました。

調査の結果は下図のようになりました。Q、R、S、Uは既存のデザインであり、P、Tは第一次の調査において提示された新デザイン案です。またVとOはその調査の結果に基づいて変更され第二次の調査において提示されたデザイン案です。この中でS案は当時のマーケットをけん引していたデザインであり非常に納得感のある結果でした。またQ、R、UはSに対してどれもお互いに「似たような」デザインでありこのように「団子状態」の同じような位置づけになったのも納得できました。この位置づけの商品間では非常に厳しい競合があったのです。それらに対してTとPはHOレベルこそ低いものの相当にN方向に位置付けられており、またIレベルも小さくはないので商品化を検討するに値するという事が言えます。IレベルはSよりも小さいものの団子状態でシェアされている3つの各個別ブランド(Q、R、U)よりはブランド単独の実質的な市場規模は大きくなると考えられます。N方向に位置づけられているということは、既存のデザインに対して独自性が高いということだからです。また、仮にこれらのブランドがデザインを一新してきたとしても、少なくともその未来の市場の中で取り残されることもないだろうという判断も成立します(ちなみに、このメーカーの現行商品はその3つの中の1つ)。つまり「競争力の有無」を判断するとすると、少なくとも現状の維持は可能ではないか?という判断になるわけです。

一次調査と二次調査の間には2週間ほどの期間しかなく新たなデザインアイデアを考えることは困難であったため、デザインの変更はもっぱら「ネガティブ対応」で行われました。これも大きな学びであったのですが、そのネガティブ対応によって一次案のN方向への要素が消されてしまったのが却ってO方向へシフトした原因だと考えられます。既存のデザインを支持するマジョリティによってネガティブに評価された新デザイン案のデザイン要素は実はN方向を感じさせる要素であったということです。ここは時間をかけ、新デザイン案においてH方向を感じさせる要素を綿密に分析した上でNを阻害しないH要素へのデザインアイデアを抽出するべきでした。

やはりクリエイティブな作業には時間をかける必要があります。開発に5年以上もかけるのにデザインの評価・改良に数週間しかかけないというのはこのように未来デザインの評価が可能ならば理不尽なスケジュールだということになります。

さてその後この商品デザインがどう判断されたのかについて詳しくは存じ上げていませんが、昨年あたりに出てきたこのクライアントの商品については確かにこの時のデザインテイストが生かされていると思います。また、大きなヒットというわけではないのですが、競合と比較すると独自の位置づけを得ているようにも思われます(個人の感想です)。

次回はこの理論の統合から見出された「イノベーションとは何なのか?」、「ブルーオーシャンとは何なのか?」、「ブルーオーシャンとニッチの違い」などなどについて考察してみた結果についてご説明する予定です。


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