「イノベーションリサーチ」と 「システマティックイノベーション」の提唱~「意識マトリクス理論」の徹底解説④~「マーケティング」と「イノベーション」→今の日本ではマーケは成長を生まない
「マーケティング」というものに携わるようになって長年経つのですがこの間ずっとモヤモヤと感じてきたことがありました。それは、「世間で”マーケティング”と呼ばれているものがマーケティングならば、自分のやっていることはマーケティングではなく、自分がやっていることが”マーケティング”ならば世間でマーケティングと呼ばれているものはマーケティングではない」という「違和感」でした。私が「マーケティングリサーチャー」ではなく「リサーチングマーケター」を名乗るようになった一因もこのあたりにありました。
「新市場創造型商品」=世の中にはそれまで存在しなかった商品カテゴリーを開発することからスタートすることを旨としてきた私にとって、例えば「今売れているものは何か?」とか「何がトレンドなのか?」という問いかけから始まるものはマーケティングではなくセリングにしか見えなかったのです。何が違うのかというと、売るべき製品が何もない状態から始まっている、ということと、製品ありきから始まっている、ということの違いです。製品ありきからスタートするというのは正にセリングの定義そのものです。そして識者の少なからずが指摘しているのは「日本企業はマーケティングではなくセリングしか行っていない」あるいは「日本企業はマーケティングを理解していない」という意見です。これは確かに事実でしょう。
しかしその長年のモヤモヤ感が一気に氷解したのは違う観点からで、ドラッカーの「マネジメント」を最近改めて読んだ時でした。ドラッカーが「企業の目的とは顧客の創造にあり、そのために必要なのはマーケティングとイノベーションの2つしかない」と言っていることは有名ですが、それではその2つとは一体何なのかについて「マネジメント」の内容をまとめてみたのが下表です。
この内容は私には衝撃でした。特に「マーケティングは成長とは関係ない」ということが頭を殴られたほどでした。しかし同時に目から鱗が落ちました。これはすなわち成長が停滞しているレッドオーシャン(静的な経済)においてもマーケティングというものは存在するということです。セリングとは「製品ありき」ですがマーケティングとは「市場ありき」であるということです※。つまりその市場自体がカテゴリーの陳腐化や生活変化、あるいは少子高齢化、人口減少、将来不安などで停滞、衰退していたのでは成長はあり得ません。これは正に現在の日本経済の状況であるといっても良いでしょう。たしかにそうです。まちがいありません。
一方イノベーションとは「新しい満足を生み出す」ことにより「新しい市場を開拓すること」であり、経済に成長と変化をもたらすものだと定義されています。新しい満足を生み出すとはすなわち存在しなかった欲求を創造することによりブルーオーシャンを開拓するということでもあります。つまりは「市場ありき」のマーケティングとはここが一線を画すわけです。
つまり、日本経済が成長しないのは「マーケティングではなくてセリングをやっているから」ではなく、バブル崩壊後よりの長きにわたって「イノベーションを行わずマーケティングしかやってこなかった」からだと言えるわけです。これは日本の数多の「マーケッター」と呼ばれる人たちがブッ飛ぶ結論でしょう。マーケティングは成長しないレッドオーシャン経済の中で特定企業のシェアを高めることには役立っているのでしょうが、マクロでみると結果として負け組と勝ち組を作り格差を助長しているという見方もできるわけです。つまり、経済・市場自体が成熟し成長していない、否、衰退しつつある今の日本ではマーケティングはジリ貧だと言えます。
これでまた嫌われるでしょう(笑)。
また、冒頭に述べた「新市場創造型商品開発」を旨としてきた私が感じてきた世間一般の「マーケティング」に対しての違和感は、私が「マーケティング」だと思ってやってきたのが実は「イノベーション」であったからだ、というのもこの論考のもう一つの結論となります。
さて、この「マーケティング」と「イノベーション」の違いを意識マトリクスで説明してみたいと思います。
「市場」とは消費者による需要と企業による供給が出会う場ですから、双方が意識できているC/C領域です。その消費者=顧客の欲求というものは企業への要望やマーケティングリサーチで把握することができます。その欲求に対して企業側がS/C領域に持つシーズ・リソースで応えることが「マーケティング」です。マーケティングにおいては対象となる市場、商品カテゴリーは所与であり、それを利用しているユーザー、利用してもらいたいターゲットも所与ですから、「ヒトとモノ」の人間工学的観点で対応が可能です。
しかしイノベーションとは「新市場の創造」であるわけですから、その既存市場の「外側」に存在します。一方「欲求の創造」ができる場は生活者の生活の中です。従って企業は「南極大陸モデル」の示すように既存顧客、既存市場の外側にある/S領域へ踏み出す必要があります。しかしその領域でも生活者は自らの潜在ニーズを自覚しているわけではありません。故に、イノベーションが起きるのは生活者にも企業にも今は潜在しているS/S領域だということになります。しかし「生活と商品」の生活工学的観点を持てばS/S領域に侵入できるヒントはC/S領域の中にあるはずです。例えば生活行動の中での当たり前と思われているような潜在した問題がそのヒントとなります。それを把握できるのがALIです。そのヒントからインサイトされた潜在ニーズに対して、S/C領域にあるシーズ・リソースで創造的に応えることでイノベーションが起こせるという論理になるわけです。これを図示すると下図のようになります。
この図が示唆することがいくつかあります。まず、現在「マーケティングリサーチ」として行われている市場調査はC/C領域に対してのものがほとんどですが、一部C/S領域に対してのものもあります。インタビュー編で説明してきたALIの意義というものはC/S領域に侵入できるということですが、その原理は「リスニング」でした。一方世の中の大半のマーケティングリサーチは「アスキング」です。そしてアスキングではC/S領域には侵入できないということを繰り返し説明しました。それはつまり、企業と消費者の意識が顕在化しているC/C領域に対してのリサーチと企業側の意識が潜在しているC/S領域に対してのリサーチでは論理も手段も違うということです。また、クライアント対象に調べてみると現在「マーケティングリサーチ」に対しての期待度に対して満足度は非常に低いのですが、もしかしたらこの満足度の低さというのはクライアントが潜在的に期待しているのは実はC/S領域へのリサーチなのではないかという事も一因ではないかと考えられます。故に私はイノベーションを目的としたC/S領域でのリサーチをマーケティングリサーチとは一線を画し「イノベーションリサーチ」と呼ぶことにしたいと考えています。それを同じマーケティングリサーチの名のもとに括ることでこの論理の違いということが理解されにくく、それがひいてはこの満足度の低さにもつながっているのではないかと考えられるからです。
同様の観点ですが、現在「イノベーション」に取り組んでいる企業人の多くは「マーケティング」関係者だと思われますが、やはりこのように「マーケティング」と「イノベーション」はドラッカーがわざわざその両者を分けて論じたように別物であるということです。ところがその識別が明確に行われていないことによって、その進め方において混乱や困惑が起きているのではないかとも考えています。
確かにイノベーションによって新市場を確立するにはマーケティングとの連動が不可欠なのですが、イノベーションそのものについての取り組み方というのは、上記の「アスキング」と「リスニング」の違いがその一例のようにマーケティングとは違うと考えておく必要があります。それが上記の困惑や混乱を回避することにつながります。
いうなればこれはマーケティングと同じような枠組みの中で行われてきてうまくできていないイノベーションのリ・ポジショニングというか、リ・フレーミングというかなのですが日本の経済衰退に非常な危機感を覚える私としては、この識別を明確にすることにより効率と成功確率の高いイノベーションを推進したいと考えています。
また、この図が示しているもう一つは、「一部の天才が起こすもの」や「革新的な技術が必要なもの」あるいは「際限ない試行錯誤を繰り返すもの」と考えられてきたイノベーションをこのように捉えることによって、それを「生活ニーズの把握」からスタートするシステマティックなものにすることができるということです。それによって「どこかの誰かが起こす」「起こしたものに乗っかる」ものでしかなかったイノベーションを「自分が起こせる」ものに変えられるのです。いわばこれは「システマテックイノベーション」の提唱でもあります。
そのシステムについてこの連載で論じていこうとしているわけです。
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