これまでの家づくりのメリット・デメリットと アフターコロナの注文住宅の考え方(13)
「躯体と内装を分ける」実際の家づくり
アフターコロナにおけるローコストな家づくりとして、「躯体と内装を分ける」という新しい方法を提案してきました。
ここまでの話を簡単にまとめると、次のようになります。
● 家を躯体部分と内装部分とで分けて考えて、躯体は工場で作る。内装はこれからの長い付き合いを考えてリフォーム会社にお願いする
● 躯体は土地に合わせたシンプルなデザインにして、なるべく基本性能を高める
● 内装は予算に合わせて、少しずつ手を加えていく
では、この方法で実際にどのような家が出来上がるのか?
私が実際に手掛けた物件を一つの事例として、一緒に見ていきましょう。
クライアント情報
今回相談に来られたのは、都内在住のご夫婦でした。子どもはいなく、二人暮らし。コロナ禍で在宅勤務が増えたのを機に、親戚から格安で借りていた古い家をDIYしたのがきっかけで、自分たちで手を入れながら住める家を探しているとのこと。
予算は3,200万円。住み慣れた西東京エリアで小さくても自分たち好みの戸建住宅を購入して、リノベーションする。その後はDIYをしながら時間をかけて『自分たちらしい暮らし』を実現したい、と仰っておられました。
物件情報
私が目をつけたのが、西東京の閑静な住宅地にある戸建物件です。89.2㎡の土地に68㎡の古屋が建っていました。最寄り駅からは徒歩14分、ターミナル駅までもバスが10分に1本は出ているという便利な場所でもあります。
この家は築40年の2階建てで、高齢のご夫婦がお住まいでした。自分たちには家を建て替える費用も計画もなく、この家を売って近くに引っ越される計画とのこと。
物件価格は1,580万円。築40年の木造戸建てですので、建物自体の価格はゼロ。ほぼ土地代ということになります。近隣の住宅はこの家以外、比較的新しい家が立ち並んでおり、若い二人にはピッタリの場所だと考えました。
実際にお二人はすぐにこの家が気に入られて、購入を決意されました。リノベして、その後は自分たちで少しずつDIYされていくご予定です。
問題なのが、予算。総予算3,200万円のうち1,580万円で物件を購入し、残りの予算で理想的なリノベができるのか?
物件の懸念点
まず気になったのが間取りです。この家の基礎は布基礎で基礎高も低く、補修するのは厳しい。そしてキッチン、浴室、洗面所などが全て一階に設置されていました。この住宅の南側(『※写真1』の向かって右側)は隣家がすぐそばまで迫っているため、南向きでも日差しはあまり入りません。ここがキッチンになっています。キッチンと言っても、昔ながらの台所ですね。これを今風のLDKにするには、2階に持っていくのが望ましいと考えました。そのため、かなり大掛かりなリノベーションが必要になりそうです。
次は家の基本性能。木造軸組工法の和室繋がりになっているこの家は、耐熱性も断熱性も低く、今の基準にまで上げるには壁を全て剥がす必要があります。さらに問題なのが窓で、最も日差しを取り込みたい南側の窓は腰までの高さ。西日が入る西側には必要以上に大きな窓、そして掃出し窓は東側といった具合で、断熱効果を考えると全ての窓の場所と位置を取り替えたいくらいです。
東側(家の裏側ですね)には小さな庭がありますが、そこも隣家がギリギリに建っているため全く日差しが入りません。玄関前の駐車場は小型車がなんとか横付けできる程度のスペースしかありません。リノベーションでは基本的に、こうした家の構造を引き継ぐことになります。
前の章で考えた点からも明らかなように、この家は活かすべき物件ではありません。新しく建て直すべきだと私は判断しました。
提案内容
新築の立て直しを提案する前に、クライアントのお二人が望む生活を実現できるのはどんな家か?ということをお話しました。
お二人の希望の一つが、エリア。この付近で販売されている新築建売は3,500~4,500万円、建坪で30坪程度、車が2台停められる広めの土地がついています。エリアと予算だけで考えればそれでも良いかもしれませんが、もう一つのDIYしながら自分たちらしい家に仕上げたい、という希望を実現させるのは建売住宅では難しい。
とはいえ、この住宅をリノベーションしようと思うと、基本性能を高めるためにかなり手を入れなければなりません。総予算3,200万円から建物代を差し引いた1,620万円で、どこまで基本性能が高くて住みやすい家にリノベできるか。さらにリノベしたとしても、狭い裏庭と狭い駐車場に挟まれた家の基礎を変更することはできません。今はバイクのみですが、家を手に入れたら車も欲しいとのこと。
そうした点を踏まえて、お二人が望む生活を実現させるためにはリノベではなく、新築住宅を建てる方が良いのではないか?という提案をしました。
家の広さはこのエリアの建築制限である「容積率80%、建蔽率40%」に適合させるために、約21坪。二人暮らしでそこまで大きな家は必要ありませんから、これで十分です。家がコンパクトになる分、駐車場のスペースもしっかり確保できます。細かな計算は割愛しますが、これでトータル3,200万円。予算ピッタリで建てられる計算です。
ただし、建て替えとなると取り壊し費用が必要になります。この住宅の取り壊しに必要な予算は150万円。この分だけ予算がオーバーしてしまうので、価格交渉を行いました。この辺りで人気なのは建坪で30坪程度の物件ですから、この土地は小さめ。土地としては少し売りにくいことが予想されますから、物件を売却して引っ越したい売主の立場を考えても、交渉の余地は十分にありそう。売主にお願いして、希望売却価格の1,580万円から解体費用の150万円を値引いた1,430万円で売却することを了承していただきました。
解体費用を心配する必要がなくなったため、お二人はリノベではなく、新築住宅を建てるという私の提案を受け入れてくださいました。
1,620万円という低予算でもお客様の希望する新築住宅が建てられるのは、「躯体と内装を分ける」家づくりだから。
大前提として、躯体を含めた全体的なデザインはシンプルに設計します。敷地の形状と遵法性、建蔽率、容積率から建てられる面積は決まります。その上で、この土地は北側斜線が厳しいので最適な屋根の形も決まってしまうのです。
そのようにして出来上がった設計が、こちら。
ほとんど採光がない裏庭は潰してしまって、隣地ギリギリまで寄せます。それによって空いたスペースを活用して、道路に面する西側に中型車一台とバイクが入る駐車スペースを設けました。
一階には寝室とフリースペース。収納は可動式のものを入れ、お二人が今後DIYしやすいように余計な間仕切りは作りません。
そして日当たりの良い2階に、一日で一番長く過ごすことになるLDKを持ってきます。ご主人の趣味スペースを兼ねたウォークイン・クローゼットは構造壁を兼ねて設置しました。
気になっていた窓の位置も、日差しと隣家の窓と被らないように設定。プライバシーの確保と西日が入り込まないように、道路に面する西側には大きな窓は作りません。代わりに南側に日差しを取り込めるよう大きな掃出し窓を備えました。洗濯物はベランダに干さないということなので、ベランダの代わりに落下防止フェンスだけを設置。そのおかげで、1階の南側にも日が入るようになりました。
基本的には自分たちのDIYで仕上げたいというお二人の希望を踏まえた設計になっていますが、敷地の形状や駐車場の有無、方角や隣家との関係性などから家のフレームは簡単に決まってしまうことがお分かりになるでしょう。
つまりこれが、なるべくシンプルなデザインにするということです。この家のようなシンプルで四角い間取りの家は、建築コスト上非常に有効。
さらに敷地に合った最適な家のデザインは、将来的に売却するときにも有利に働きます。窓からの景色や日当たりは自分で変えることはできません。そのため、周囲の環境を考慮に入れたシンプルかつ最適なデザインは万人受けしやすく、資産価値を高めることにもつながるのです。
後から変更できない躯体部分、断熱や窓などの家の基本性能に関わる部分の予算は削ってはいけません。しかしローコストで注文住宅を建てたいなら、内装もなるべくシンプルにするのが鉄則。内装は後からでも自由に変更可能だからです。そのためにも、最初からリフォーム会社に内装をお願いするのですから。お金に余裕があるときや、必要に応じて少しずつ手を加えていけば良いのです。お二人のように自分たちでDIYできなくても、最初からリフォーム会社とつながっておけば、今後のこともきっと安心できるでしょう。
次の章では、実際の家づくりの様子を紹介します。
次回につづく