今の中国=日本の90年代説を考えてみる
昨日のマガジンに、「いまの中国はちょうど日本の90年代のような時代」というようなことを書きました。普段考えていることを何気なく書いたのですが、これはちょっと掘り下げてみる価値があるのではないかと思いました。
というわけで今日はそれについて。
いろいろな共通点
いまの中国は、ちょうど30年前くらいの日本に共通する部分がたくさんあるように見えます。まずはなんといっても、不動産バブルの終了とそれに伴う閉塞感でしょう。
上がり続けると思われていた不動産神話が崩壊し、市場が冷え込んだことで影響が一気にあらゆるところに波及しました。崩壊の引き金が政治主導による総量規制であることも同じです。
バブル崩壊に伴う若者の就職難は、まさに日本の就職氷河期に重なります。ただ中国には新卒一括採用のような制度がなく、ジョブ型に近い雇用制度がすでにあるので、若者にとっては一層不利な条件と言えるかもしれません。
行き場を失った若者は学歴を積み上げたり、海外に出ていったり、とりあえず家にいるなどして過ごしています。あと5年10年もすれば、引きこもりやニートの問題も出てくるのかもしれません。
なんとか職にありついている人も大変です。これは少し前からですが、IT企業などで「996」(9時から9時まで週6日)「007」(0時から0時まで週7日)というような長時間労働が取り沙汰されるようになってきました。日本で言うと「24時間戦えますか」というCMが流行ったあたりでしょうか。
不景気にともなう社会不安も広がっています。いま中国では「报复社会」という、社会的・経済的に追い詰められた人が拡大自殺のような形で大きな事件を起こすケースが相次いで報道されており、それらは経済不況と結びつけて語られることが多いように思います。
僕は個人的には「経済不況によって中国の治安が悪化している」というストーリーには少し懐疑的なのですが(もともと治安はこんなもんで、むしろ世の中が相対的に安全になったことでこういう事件が目立つようになったのでは、と思っています)、このような社会状況も、日本の90年代の「近頃なんか物騒になったよね」「不景気だからね」という空気感を思い出すと、よく似ているように思います。
不況と人々のマインドで言えば、デフレも目下進行中です。不景気に備えて消費を控えるようになった人々は、財布の紐を固くしており、それが物価に徐々に響いてきています。中国も日本と同じく内需頼りの国なので、これからデフレスパイラルが進行していくでしょう。
あとは非婚化・晩婚化と、それに伴う少子化でしょうか。経済が発展し、人の流動性が上がったことで地縁をもとにした伝統社会が崩壊し、結婚や出産が市場化したことでハードルがどこまでも上がりました。その結果、みんな結婚できなくなり、子どもが産まれなくなりました。これは日本よりも急激な勢いで進行しています。
と、ここまで書いてみて思うのですが、日本の90年代そのものというよりは、その時期から2000年代初頭までをギュッと凝縮したのがいまの中国なのかもな、と思いました。変化が早いと言われる中国ですが、いま急速に日本にその形を寄せてきている、ということなのかもしれません。
もちろん、ここまで書いたことは恣意的に共通点を見つけようとした結果なので、当時の日本といまの中国には相違点もたくさんあるとは思いますが、表面的にはすごく似ているよな、というのは思います。
カルチャーはどうなる?
昨日のマガジンでは、「カルチャー的にも面白いものが生まれてくるかもしれない」ということも書きました。
景気のいい時代の残り香と、カネ儲け以外に価値を見出さざるを得なくなった人々による価値観の多様化の中で、内省的でユニークなカルチャーが生まれ、映画や音楽、アートなどが面白くなっていくのでは、という予想です。
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