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誤解された男マキャベリ

「恐らく将来も決して解決されない問題がある。それはマキャベリの提起した問題である」(晩年のクローチェ)
 

誤解人物の弁護


 皆さんは,マキャベリと聞けばどんな人物を想像するでしょうか?冷酷無慈悲な生き方をマキャベリズムと称するぐらいですから,非人間的な悪人を想像するかもしれません。確かに,彼は「君主論」において,目的のためなら手段を選ばない専制政治を推奨しました。そして,その「君主論」の思想をもって,後世の人々はマキャベリを評価してきました。しかし,「君主論」はマキャベリの主著ではありませんし,マキャベリの政治信条は極悪非道の専制主義ではありません。
 残念ながら,マキャベリは500年間,誤解され続けてきました。今回の記事では,マキャベリが生きた時代・境遇・著作を通して,マキャベリの本心に迫りたいと思います。そして,結論から申し上げれば,ニッコロ・マキャベリ(1469~1527)その人こそ,現代社会の土台である自由主義を確立した人物なのです。

マキャベリの時代と思想


マキャベリが生きた時代


 マキャベリが生きた15世紀後半のヨーロッパは,近代国家が勃興する激変期でした。フランスでは,シャルル八世による強力な統一国家が形成されつつありました。イギリスでは,ヘンリー七世が絶対王政を整備しつつありました。スペインでは,フェルナンドとイサベルの結婚により,イスパニア王国が成立。イスラム教徒最後の拠点であるグラナダを陥落させ,国土回復を完了しました。ドイツでは,ハプスブルク家の皇帝マクシミリアン一世のもと,統一国家が建設されつつありました。
 では,マキャベリの祖国イタリアはどうだったのでしょうか?イタリアは,小国に分裂し,互いに争い合い,国家の統一どころではありませんでした。ミラノやナポリなどの君主国もあれば,フィレンツェやヴェネツィアなどの都市国家もありました。つまり,フランス・イギリス・スペイン・ドイツなどの強力な国家に囲まれていながら,イタリアは内輪もめによって安全保障上の危機に瀕していたのです。

15世紀後半のイタリア


 しかも,マキャベリの出身地フィレンツェは,政治的に腐りきっていました。メディチ家の独裁から寡頭政治へ,寡頭政治から衆愚政治へ。すなわち,一人の独裁から少数の独裁へ,少数の独裁から全員の独裁へと,国内秩序が乱れ切っていたのです。国家存亡の危機とは,まさにマキャベリの故郷フィレンツェの状況だったのです。

マキャベリの生涯


 そういうフィレンツェに生まれたマキャベリは,早くからラテン語の学習に励み,ローマの古典を読み漁りました。29歳でフィレンツェ政庁に入り,第二書記局の書記に任命されました。ちなみに,第二書記局とは,現代でいう「書記」ではありません。いわば,政治に携わる知的エリート集団です。マキャベリは,15年間外交と軍事に携わり,世界各地(イタリア各地・フランス・ドイツ・スイスなど)を駆け巡りました。
 マキャベリの仕事は,隣国と外交交渉し,条約を結び,軍備を整え,国家の安全保障を確保することでした。こうした実務経験を有するマキャベリが,イタリアの将来を憂えたことは想像に難くありません。「このままでは,イタリアは滅びる。わが祖国は滅亡する。一刻も早くイタリアを統一し,フランス・ドイツ・スペインに伍する近代国家を建設しなければならない!」そう,マキャベリは苦慮したことでありましょう。

マキャベリの独創性


 マキャベリの著作を通して彼の主義主張を考察する前に,彼の果たした功績を予め述べておきましょう。マキャベリが人類にもたらした功績は,主に三点あります。
 第一に,「この世には対立する価値がある」と認めたことです。古代からルネサンス期において,人々はこう考えていました。世の中には色々な価値観があるけれど,結局は普遍的真理であるキリスト教によって統合できる,と。しかし,マキャベリは言います。キリスト教倫理と異教の倫理は両立しない。つまり,すべてを包括する一元的基準など,この世には存在しない。我々は,相対立する様々な価値があることを認めねばならない。キリスト教の傲慢な一元主義を打破したという意味で,彼の功績は甚大であります。
 第二に,「様々な価値観―多様性―を保護するためには,強力な国家が存在しなければならない」と主張したことです。世の中には,色々な価値があります。学問的な真偽,道徳的な善悪,芸術的な美醜,経済的な利害,宗教的な聖俗など。しかし,これらの価値観を謳歌するためには,政治的安全が必要です。そして,政治的安全を担保するものこそ,国家なのです。強力な国家がもたらす正義と秩序がない限り,価値の多様性は成立し得ないのです。
 第三に,「政治の任務にあたる者は,善への誘惑を断ち切らねばならない」と喝破したことです。政治家たる者は,個人の幸福を求めてはなりません。私的な名誉や名声を求めてはなりません。つまり,自分が好かれることを望んではなりません。政治家が追求すべきは,公共の安全であるべきです。公的秩序を守ると誓った以上,嫌われる覚悟,悪人になる覚悟を持つべきです。日本の政治屋に聞かせてやりたい教訓ですね。

マキャベリの本心


「政略論」


 では,マキャベリの主著によって,彼が本当に言いたかったことを考えてみましょう。マキャベリの主著「政略論」では,こういったことが書かれています。「政治体制には三種類ある。君主政,貴族政,民主政である。しかし,これらの政体は堕落し易く,君主政は僭主政へ,貴族政は寡頭政へ,民主政は衆愚政に陥り易い。理想の政体は,これら三種類の混合政体であり,古代ローマの共和政こそそれに近い」これが,マキャベリの政治信条でした。
 古代ローマは,どうやって三種類の政体を混合したのでしょうか?君主政的要素を担ったのは執政官です。執政官は,国家の危機的状況下において,独裁的な権限を付与されました。貴族政的要素を担ったのは元老院です。元老院とは,政治的経験者で構成される知的エリート集団です。民主政的要素を担ったのは護民官です。議会から選出される護民官こそ,人民の意見を政治に反映させる媒介だったのです。こうして,三つの相反する権力によってバランスを保ちつつ,国家の腐敗を防止したのです。

「共和国は君主国に比べてはるかに繁栄し,かつ長期にわたって幸福を享受しうることが理解できよう。なぜなら,共和国では国内に色々な才能を備えた人間が控えているので,時局がどのように推移しようと,これに対応していくことができるが,君主国の場合はそうはいかないからである」(「政略論」)

 このように,マキャベリは独裁政治を望んだのではなく,古代ローマのような共和政,「健全な法律によって担保され,人民が参与する民主的な政治」を望んでいたのです。その証左に,彼は「政略論」において何度も述べています。公正な選挙こそ,有能な為政者を選ぶ制度である,と。また,平等な告発権こそ,国内秩序の安定をもたらす要である,と。
 理想的な共和国を信じたマキャベリ,しかし,時代はそれを許しませんでした。フィレンツェは腐敗し,イタリア国内は分裂し,今にも祖国は敵国に蹂躙されようとしていたのです。理想(空想)ならいくらでも語ることができます,しかし,政治は現実です。現実化できない政策は,机上の空論に過ぎません。そこでマキャベリは,「政略論」執筆の途中で急に構想を変え,「君主論」を書き上げました。「イタリア統一を成し遂げイタリアを救うには,一人の有能な君主に任せるしかない」との義務感に駆られたのです。

「人民が健全でありさえすれば,どんな騒動や内紛が起こったところで,国家そのものが損なわれることはない。けれども,人民が腐敗している場合,どんなに法律がうまく整備されていたところで,何の足しにもならない。最高権力をもった一人の人物が出て,人民が健全な社会の復活を求め,法律をきちんと守るように仕向けていかない限り,まったく脈はない」(「政略論」)

「君主論」


 現実の政治に携わったマキャベリは,深く深く痛感します。「人間が,もし完全な善人であれば,法律だけで充分である。しかし,現実の人間は,怠惰で邪悪で利己的である。故に,法律だけでなく力が必要である」と。「国家や公的秩序のためであれば,善人にも悪人もなり得る人物。あらゆる力を行使して,国家の安全を担保する人物。そういう人物が必要不可欠である」と。

「何ごとにつけても善を行なうと広言したがる人は,よからぬ多くの人の間にあって破滅せざるを得ないものである。故に,自分の身を保持しようとする君主は,善くない人間になり得ることを習う必要があり,またこの態度を,時に応じて行使したり,行使しなかったりする必要がある」(「君主論」)

 マキャベリの理想的君主像には,現実的なモデルがいました。目的のためなら手段を選ばない君主チェーザレ・ボルジアです。マキャベリは,書記時代にチェーザレ・ボルジアと知り合い,彼の政治手腕を身近で見たようです。チェーザレ・ボルジアは,わが国の織田信長のように,個人的には冷酷無慈悲な人間でした。しかし,その残酷さが,ロマーニャの秩序を回復させ,この地方の統一と平和をもたらしたのです。

チェーザレ・ボルジア


 そもそも,憐れみ深さとは,一体何なのでしょうか?私的領域においては,快活さや親切かもしれません。しかし,公的領域においては,冷徹さや豪腕かもしれません。悪人になる覚悟,私的な幸福を断念する覚悟なくして,公的秩序を守ることはできないのです。

「たとえその行為が非難されるようなものでも,もたらした結果さえ良ければそれでいいのだ」

 この言葉は,目的のためなら手段を選ばない野獣的生き方の賛美ではありません。「善人でありたい,人々に好かれたい,幸福な人生を送りたい,死んだら天国に行きたい」という利己主義を廃した責任倫理の言葉なのです。

思想の核


 共和政を賛美した「政略論」と独裁政を賛美した「君主論」。結局,マキャベリの思想の核とは何だったのでしょうか?それは,あらゆる人民の生命や財産,及び,諸々の価値観を守護する国家への愛,すなわち愛国心でした。祖国への愛こそ,マキャベリに一貫した情熱だったのです。マキャベリの理想的人物が,モーゼやペリクレス・スキピオなど,公的目的のために死ねる人間である所以です。
 マキャベリの著作を丹念に読むと,頻繁に登場する言葉があります。「ヴィルトゥ」という言葉です。この言葉は日本語に訳すことが難しく,状況によって様々な意味合いがあります。試みに,列挙してみましょう。才能,力量,能力,気概,武力,気迫,実力,勇気,精神力,気力,手腕,威力,剛の者。いずれにせよ,この言葉の置かれている文脈から判断すれば,「強い国家を生む原動力」を指したものと思われます。
 こうした男性的倫理を重んじたマキャベリでしたから,社会に蔓延するキリスト教倫理に賛同せず,古代ギリシャ・ローマの異教倫理を好みました。なぜなら,キリスト教倫理と異教倫理は,真逆の関係にあったからです。キリスト教倫理は,愛国心が欠如し,個人の幸福を求め,来世の栄光を希求し,瞑想的人物を好み,服従・謙遜・忍従を重んじ,仲間との連帯を強調しました。一方で,異教倫理は,愛国と正義に溢れ,共同体の利益を求め,現世の栄光を希求し,行動的人物を好み,強靭な精神力・頑健な肉体・不撓不屈の意志を重んじ,自主独立を強調しました。マキャベリが喝破したように,キリスト教に感化されればされるほど,人間は男性性を失い,惰弱となり,悪人の好餌になるのです。まさしく,キリスト教の問題点は,「ヴィルトゥ」の欠如にあると言えるでしょう(しかし,マキャベリはキリスト教に反対した訳ではありません。皆が信奉する宗教として尊重しながらも,あえて距離をとったのです)。
 しかしながら,既成宗教としてのキリスト教は軟弱であっても,聖書人物は軟弱ではありませんでした。むしろ,ほとんどの聖書人物は,強健な意志力を持ち,マキャベリが舌を巻くほどの愛国心を持っていました。モーゼ,エリヤ,アモス,イザヤ,エレミヤ,エゼキエル,マラキ,イエス,パウロは皆,聖なる愛国者だったのです。キリスト教倫理と異教倫理は決して相反する代物ではありません。預言者精神を欠いたキリスト教倫理と異教倫理が相反しているのです。

マキャベリの前世


古代ローマの政治哲学者


 マキャベリの前世は,古代ローマの歴史家リウィウスです。リウィウスとの共通点は,両者の著作を読めばお分かりになると思います。明確な理念の下,社会の現実を洞察する力。共和主義を熱烈に追い求めたこと。勇気・精神力・訓練・強さ・正義・愛国心・名誉・大胆さ・抜け目なさ・堅忍不抜の意志など,非キリスト教道徳を礼賛したこと。

リウィウス


 何より,マキャベリとリウィウスの共通点は,その独特な神観にありました。人類の歴史を司る神を,二人とも「運命(フォルトゥナ)」と称しました。フォルトゥナは,有能な人物を選ぶ絶対者であり,人間に試練を課す一方,運命を打破する人物には道を譲る神でした。

「運命は,自分の布石通りに人間が動こうとしない時は,このようにまでその人間の心を盲目にしてしまうものなのである」(リウィウス「ローマ史論」)

「運命は,自らなにか大きな動きを創り出していこうとする時,自分が差し出す好機を認めて,これを取り入れることのできるような,精神に筋金が入り,才能(ヴィルトゥ)も豊かな人物を選ぶものである」(マキャベリ「政略論」)

我々が学ぶべきこと


 私たちがマキャベリから学ぶべきこと,それは国家安全保障の重要さです。当たり前の話ですが,国家は自分で守らねばなりません。国家は,そこに住する人間が守らねばならないのです。外国(アメリカ)に頼る国は隷属国家です。少なくとも独立国ではありません。また,一部の人間(自衛隊)に安全保障のリスクを押しつけ,自分はのうのうと日々の生活にいそしむ国民は,滅ぶべき惰弱な民族です。これは私見でありますが,アメリカの覇権が揺らぎ,中国・ロシアが台頭する不安定な国際情勢の今こそ,徴兵制や核兵器の保有も含めたタブーなき議論が必要です。
 マキャベリは,「政略論」においてこう述べています。傭兵軍は金に仕え,同盟軍は他国に仕え,自国軍は祖国に仕える。祖国を守るのは,自軍のみである,と。「平和を欲するなら,戦争に備えよ!」至極,まっとうな指摘といえるでしょう。

「こんにちの君主や共和国の中で,攻防を事とするときに,自国民からなる軍隊を使用していないものは,それだけで自らを深く恥じなければならない」(マキャベリ)

以下は、政治哲学者の参考書籍です。
ご興味のある方はどうぞ。

①「リヴァイアサン」の著者ホッブス

②立法部優位を説いたジョン・ロック

③人民主権を説いたジャン・ジャック・ルソー

④国際政治の権威ハンス・モーゲンソー

⑤民主主義の弱点を説いたカール・シュミット


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