見出し画像

エジプト日本科学技術大学(EJUST)(ボルグ・エル=アラブ(アレキサンドリア県)/エジプト)留学体験記(2019年秋-2020年春)

 今回は、筆者と同時期にエジプト日本科学技術大学(EJUST)に留学された方に体験記を執筆していただきました。本当にありがとうございます!
 本文中に詳しい説明がありますが、EJUSTはJICAによる全面的な支援によって2014年にアレキサンドリア郊外のボルグ・エル=アラブに新設された大学です。そのような経緯もあって日本国内には提携を結んでいる大学が、早稲田大学を含めて複数校ありますが、この方が初めて長期留学されたようです。
 留学体験はもちろんのことですが、留学に至るまでの経緯も多くの方に役立つ内容となっているかと思います。特にアラブ諸国への留学提携校が無い大学の学生の方で、留学に悩んでいる方はぜひご一読ください。

はじめに

 私は2019年10月から2020年3月まで、エジプトのEJUST(Egypt Japan University of Science and Technology)という大学に留学していた。この大学に留学した経緯やエジプトで生活した経験をシェアし、今後の中東留学活性化に役立てられれば嬉しい。

1. 留学の経緯

 私がEJUSTを知るきっかけになったのは、2018年の初夏に日比谷公園で行われた「アフリカフェスティバル」という催しだった。アフリカ各国の大使館がブースを設置してPRし、アフリカ製の商品や郷土料理などを楽しめるイベントだった。クスクス片手に、なんとなくエジプト大使館が出展するブースに足を運んでみると、「エジプトに留学してみませんか」と大きく書かれたパンフレットが。EJUSTというJICAが技術協力をしているエジプトの大学のサマープログラムに参加しませんか、という内容。短期のアラビア語授業やエジプト観光などが盛りだくさんのプログラムで、当時アラビア語を学習し始めたばかりの私はすぐに参加を決めた(2018年以降このサマープログラムは毎年開催されているので、興味があれば是非参加してみてほしい(リンクは2019年度のもの))。

 このサマープログラムに参加した私は、アラブ文化にますます興味を持つようになった。アラビア語学習もこれまで以上に本腰を入れ、中東・アフリカ研究ゼミに一人で飛び込んだ。3年生になると、そろそろゼミ論文(卒業論文の土台になるもの)のテーマを決めなければならなかった。私は英語学科に所属しており、日頃から欧米のエッセイや記事を読んでいたので、欧米目線から中東について学ぶことが多かった(アメリカの中東政策やムスリム移民についてなど)。欧米では、アラブ人はテロリスト的な表象をされることが多い。しかし、サマープログラムで見たエジプトは私が学んだ中東の姿とは違っていた。そこで「欧米映画におけるアラブ人のステレオタイプと実際のギャップ」というようなテーマでゼミ論を書くことに決めた。しかし書き進めているうちに、肝心な「実際のアラブ人の姿」をもっと知りたいという願いが強くなり、中東留学を考え始めた。

 ここで壁にぶち当たる。私の所属大学には中東の交換留学協定校がなかった。自分なりに探して色々な大学にメールを送ってアプローチしてみたが、無視されるか、断られた。もう無理かも、というタイミングでEJUSTのサマープログラムの時にお世話になった先生(今となっては恩師)に「EJUSTに留学させてほしい」というメッセージを送った。すると「今まで受講した中東に関する授業についてと、何を留学中に勉強したいかを全部書いて送って」と返信が。
 EJUSTは新しい大学ということもあって学部生の留学生受け入れをしておらず、信頼して良いのか不安だった。しかしこのチャンスを逃したらこの先はないと思い、15ページほどにわたる留学志望書を提出した。
 準備期間は、何もかもがギリギリだった。その上、交換留学ではないので手続きを全て自分一人でしなければならなかった。催促しない限り返信がこないメール(エジプトではよくある)や推薦書の依頼、提出書類の修正。出発の3週間前に留学届を提出し、航空券を買った。正直不安が残る中出発した。

2. EJUSTについて

 EJUST(エジプト日本科学技術大学)は、エジプト政府が日本政府に要請し、2014年にアレクサンドリア県ボルグ・エル=アラブ(Borg El Arab)に設立された。工学部と経営学部を設置しており、日本型工学教育を活かした教育が行われている。国際協力機構(JICA)のスタッフも駐在しており、EJUSTの技術協力プロジェクトを行なっている。

キャンパス

キャンパスの風景

・勉強面

 留学生は私が史上初であったため、留学生サポートのようなものは存在しなかった。志望理由書を踏まえて、リベラルアーツセンターが授業スケジュールを作ってくださった。EJUSTに無い科目に関しては、他大学から先生を招き授業を行なっていただいた。私は週に4種類の授業を受講した。アラビア語の授業以外全て英語で行われる。

①"Africa and Middle East"
 1時間半を週に1回。20世紀初頭から21世紀の歴史をもとに、現代の中東地域の混乱について議論した。毎回テーマが異なり、中東地域で起きていることの原因の複雑性を実感した。私以外が全員アラブ人のクラスで、マイノリティとしての意見を言うこと、またそこに実際に住むアラブ人と議論することは大きな意味があった。特に、パレスチナ問題を取り扱った授業が印象に残っている。アラブ人とイスラエルにとってこの問題は、もはや宗教や政治の問題にとどまらず、無差別な憎しみに発展していると彼らの話を聞いて感じた。MidtermとFinal exam に加え、レポート課題が課される。

②"Arabic Language"
 2時間半を週に3回。リベラルアーツセンターの外国語の先生が担当。マンツーマン。エジプト文化についての文章をアラビア語で読む、アラビア語でプレゼンをする(マンツーマンなのに)など授業内容が毎回変わり楽しかった。毎日必ずアラビア語で日記を書き、それを授業がある日に提出し、添削してもらっていた。エジプトに来てからネイティブの先生に教えていただくことで、スピーキングのレベルが飛躍的に向上した。アラビア語は文法も複雑で、毎日泣きそうになりながら予習復習をしていたが、多くの友人に教えてもらいながら乗り越えた。Final Examのみ。

③"Feminism Theory in the Arab World"
 2時間半を週に3回。これは私が一番楽しみにしていた授業である。担当の先生はカイロ大学日本語学科で日本語を教えており、日本とエジプトの女性学の比較研究で博士論文を執筆された方。イスラーム圏以外で、イスラーム教の女性は宗教に抑圧されているという印象を持たれているが、果たしてそれはそんなに単純な問題なのか。実際にイスラム教徒の女性の教授と、エジプトフェミニズムに関連する論文を読み、議論していくうちに問題は中東地域の伝統や政治、宗教の解釈の変容など様々な原因が複雑に絡み合っていることがわかった。また、エジプトで多くの女性の友人を作ることができたが、彼女たちと女性のエンパワーメントについて議論することで、いかに女性の可能性がエジプト社会によって潰されているかを理解した。それとともに、エジプトと全く同じ状況ではないが、まだまだ女性の生きづらさが残る日本社会と共通点を発見し、客観視することで、このような社会を変えていきたいと言う夢ができた。毎回の授業後に論文レポートの課題あり。結構きつい。

④"Arab & Muslims image in American and European Cinema"
 2時間を週に1回。この授業は、「欧米映画におけるアラブ人のステレオタイプ化の原因とそれに伴う問題点を分析する」と言うテーマのものだった。先生はNile TVというテレビ局のディレクター兼メディア学の教授。欧米映画においてアラブ人やイスラーム教の描かれ方は、時代や歴史背景をもとに大きく変化していった。例えば、彼らは長い間「野蛮で文明化されていない砂漠の民」のようにオリエンタリズム的な描かれ方をしてきたが、同時多発テロの後は、イスラーム=過激なものとして扱われ、テロリストとして描かれることが多くなった。このように映画自体がプロパガンダのように使われていることによって生まれるヘイトについても学んだ。レポート課題あり。

・生活面

 まず、EJUSTはBorg el Arabという新興都市にあり、カイロやアレキサンドリアのような都会ではない。外出する時は、必ずトクトクに乗らなければどこにも行けない、ということを踏まえておいてほしい。町の中心に行かなければ娯楽がないが、治安は都市部と比べると良い。たまに羊の大群を見ることができる。ベドウィン(砂漠の民)が多く住んでおり、彼ら独特の田舎の方言のようなアラビア語が聞ける。

ボルグアラブ

ボルグでの日常

① 住居
 EJUSTは完全寮制なので、住居に関して心配はない。男子寮は一部屋に3人、女子寮は一部屋に2人が一緒に生活している。寮はエアコン・シャワー・トイレ・wi-fi完備。一人部屋とリビング、キッチンもあり、かなり綺麗で住みやすい。大雨が降ると断水・雨漏りすることもあった。私はエジプト人の女の子と二人で生活していた。共同生活なのでルームメイトとの関係性は大事。後述するが私の場合かなり親密な関係になることができ、彼女の家族にも本当の家族のように接してもらえた。

量からの風景

寮からの風景

②施設
 EJUSTは、授業教室や教授のオフィスがあるメインキャンパスと、寮やヘッドクォーターなどがあるサブキャンパスの2つに分かれている。メインキャンパスに行くためのバスは毎朝9:15に出ており、乗り遅れるとトクトクで行く羽目に。サブキャンパスにはカフェや売店、アクティビティハブ(食堂を併設したスポーツセンター。結構充実しており、スカッシュ・卓球のためのコート・ワークアウトジム・プールなどがある!)、日本食レストランもある。授業が終わってメインキャンパスから帰ってくると、カフェで友達と談話したり、スポーツに励んだりする。私は水泳クラブに入り、週に二回プールで泳いでいた。日本食レストランはかなり本格的で、カイロの日本食レストランSHOGUNで修行していたシェフがお手頃な値段で懐かしい味を提供してくれる。

学食

ある日の学食

③人間関係
 EJUSTは少人数の大学ということもあり、良くも悪くも小さなコミュニティである。私はルームメイトを介したり、キャンパスで色々な人に話しかけたりしてたくさん友人を作ることができた。放課後は友達が部屋に遊びに来て、一緒に料理をしたり、勉強したりしていた。特にルームメイトとは姉妹のように仲良くなり、アレクサンドリアの彼女の実家に毎週遊びに行ったため、プチホームステイのような体験もできた。春休みはギザに住む友達の実家に約2週間泊まり、カイロ観光をした。

あれき

アレキサンドリアのヴィクトリア地区

④交通
 Borg el Arab 内の移動はほぼ全てトクトク。大体6ポンドほど(約40円)でどこにでも行けた。Borg el Arabからアレクサンドリアやカイロまでは、マイクロバスかSWVLという予約型のバスを使用していた。マイクロバスは大きめのバンに15人くらいが乗車し、目的地に着くまでの途中の道などで降ろしてもらえる。エジプトにはこれがたくさん走っている。アレクサンドリアまで10ポンド(約65円)で手頃だが、治安があまりいいとは言えないので一人で乗ることはおすすめしない。SWVLは専用アプリでバスを予約する。綺麗で治安がいいがマイクロバスより少しお高め(といっても50ポンドくらい)

⑤ビザ更新
 私は観光ビザで入国したため、滞在30日を過ぎる前にビザの延長手続きをする必要があった。EJUSTには日本語教師やJICAのスタッフなど、日本人が多くいるのでビザ更新はお手の物。ビザセンターのスタッフと一緒にアレクサンドリアのImmigrant centerに行き、更新する。カイロでは手間がかかったり、長時間待たされたりすることが多いと聞くが、アレクサンドリアはそこまで人が多くないのでおすすめ。

3. 準備費用

 留学費用は10月〜2月末の約5ヶ月で6000米ドル(約65万円)。寮費、食費(食堂のみ、日本食レストランやカフェは自己負担)が含まれる。
 EJUST周辺は娯楽がないので、ほとんどお金を使う機会がない。月に2回ほどスーパーで買い物をするが、毎回300ポンド(1950円程度)ほどだった。私は海外キャッシングできるVISAカードを持っていき、現金が足りなくなれば都度ATMで降ろしていた。

4. 女性に気をつけてほしいこと

 EJUSTでの生活とはあまり関係ないが、エジプトで生活する上で女性に気をつけてほしいこと。エジプトは決して治安が良い場所ばかりとは言えないため、身の安全に十分気をつけてほしい。夜に女性一人でできるだけ出歩かないこと。トクトクは一人で乗らないこと。男性だけしか入れないカフェ(シーシャを吸いながらサッカーを見るおじさんだらけのカフェは大体そう)には近づかないこと。Facebookでしつこくメッセージを送ってくるエジプト人はサヨナラすること。
 また、モスクに行く際はスカーフを被る、露出の多い服は避ける。これらに気をつけてエジプト生活を十分楽しんでほしい。

あれ期のモスク

アレクサンドリア最大のモスク、アブー・アル=アッバース・アル=モルシー

留学生へのメッセージ

 中東世界に飛び込むのはとても勇気がいる反面、前例がないことも多く、自分で道を切り開く実感があるためとてもワクワクしますよね。私はエジプトに留学して、アラビア語や歴史、文化など沢山の事を学び得ることができました。5ヶ月という短い期間でしたが、私の経験をもとに3つだけ手短にアドバイスをさせていただきたいと思います。


1 人との交流を大事にする
 これがないと何も始まりません。人との会話の中には面白いネタが沢山あります。現地の人や他の留学生と話すことで自分のネットワークをどんどん広げていきましょう。しかし日本人とは違う性格の人が多かったため、人間関係で悩むことが私も沢山ありました。そういう時は相談お待ちしております。

2 ちゃんと怒る
 中東留学ならではの、人間関係における苦労もあります。人間関係において嫌な事をされたり、軽んじられたりした時は、身の危険を感じない限り、はっきり「やめろ」と主張しましょう。「察する」という文化は皆無です。ただし道端で「中国人」などと言ってくる輩は無視するのが一番です。

3 自分の目で確かめる 
 留学の一番の醍醐味は自分の目で多くのことを確かめられることです。カイロの友達が、「カイロのアエーシ(エジプトのパン)がもちもちで一番美味しい。アレクサンドリアのアエーシはパサパサでまずい」と言いました。アレクサンドリアに行った時、試しにアレクサンドリアのアエーシを食べてみたらスープにも肉にも合って、カイロのアエーシよりも好きになりました。ただの例え話ですが、人に聞いたことが全てではないな、とその時感じました。自分で実際に行動して、自分の考えや意見を持つ。それをリバイスする。そのような体験を沢山してください。

 留学中は自暴自棄になってしまったり、目的を見失ってしまいそうになることが少なからずあります。そういう時は美味しいものを食べたり、友達や家族に電話したりして自分の心と体を大事にしてください。(下り腹には要注意!)皆様の留学生活が実り多いものになることをお祈りしています。

ボルグ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?