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寂静を味わう

土台レシピ10・修道院スープ

目次
修道院を巡る
 ・フランスの修道院と寂静じゃくじょう
 ・イタリア修道院のスープの香り
 ・カルチェリの庵と聖フランチェスコ
 ・修道院の食事
 ・寂静を味わうとは
土台レシピ10・修道院スープ

修道院を巡る旅

21年前、フランスとイタリアに滞在したときに、いくつかの修道院を訪れたことがあります。
私はクリスチャンではありませんし、だから手で十字を切ったこともありませんけれど、その簡素で独特の空気感を持つ(であろう)修道院に、どうしても身を置いてみたかったのです。

ちなみに「修道院」は、キリスト教会の修道士や修道女が共同生活をしながら「行」をする場所で、教会のように信者が礼拝するところではありません。禅仏教で言えば「僧堂」に相当するでしょうか。

フランスの修道院と寂静

泊まっていた南フランスの宿から車で1時間半ほど走らせると、ラベンダー畑に囲まれた修道院があります。石造りの建物の中に入るとひんやりと冷たく、木の椅子とテーブルがあるだけの無垢な造り。飾り気ひとつなく、厳粛げんしゅくな雰囲気に包まれています。

修道院の印象は、一言で表すなら「寂静じゃくじょう」。
「寂静」とは、ひっそりと静かで、安らいでいる様のことを言います。

日本の禅寺や、インド・サルナートの寺院に行ったときにも、このような寂静感を持ったことがあります。
また、南フランスでチベット僧に出会ったときは、その僧の姿、立ち振る舞い、話し方、すべてが寂静という言葉にふさわしく、僧の目が寛容に満ちていたのを覚えています。

修道院やお寺が持つ寂静感というのは、何世紀にも渡り、僧たちが祈り続けた結果なのかもしれません。

イタリア修道院のスープの香り

イタリアの修道院での小さな体験は、拙著「台所にこの道具」(アノニマ・スタジオ)の中でも紹介しましたが、noteにもう一度、記しておきます。

トスカーナ地方の修道院を訪れたときの話です。
石造りの建物の中庭を右手に見ながら廊下を歩いていると、少しだけドアが空いている部屋がありました。そっと中を覗くと、長い木のテーブルが縦に2列。修道士たちの食事がちょうど終わったばかりで、テーブルの上にはまだ皿やカトラリーが置かれています。正面の壁には大きな「最後の晩餐」の絵画がかかっていて、誰もいないその部屋には、ミネストローネのセロリや玉ねぎのやわらかい香りが漂っていました。
それはもう夢の中にいるようでした。
21年経った今でも思い出せば、瞬時にあの情景とミネストローネの香りを感じるほどです。

「カルチェッリの庵」

カルチェリの庵と聖フランチェスコ

修道院の思い出としてもう一つ挙げるなら、イタリア・ウンブリア州の「カルチェリの庵」でしょうか。聖フランチェスコが仲間と共に生活し、瞑想していた場所です。
アッシジのサンフランチェスコ教会から10分ほど車を走らせると、山の中腹にひっそりと「カルチェリの庵」はあります(のちに世界遺産に登録されたので、ひっそりとはいかなくなったかもしれませんが)。
建物に入って細い石の階段を上がると、彼が瞑想をしていた部屋があります。そこは意外なほど狭く、天井も低く、瞑想用の石が置かれてあるだけの簡素な造り。観光客があまりいなかったこともあり、この清閑せいかんで美しい場所を独り占めするように楽しみました。

世界中から崇め奉られている’聖人フランチェスコ’ではなく、私たちと同じ人間である’フランチェスコさん’が、寝て、食べて、瞑想していた証である場所に来られたことは幸運でしたし、得がたい体験として、今も心に残っています。

聖フランチェスコが暮らしていた場所を思い出しながら、
「人は朽ちるまで平らで生きなければならない」
ということを、改めて思いました。

カルチェリの庵の玄関

修道院の食事

聖フランチェスコが何を食べていたかというのは、定かではありません。山菜だけを食べていたという文献も残っていますが、いずれにせよ、聖人の多くはとても粗食だったようです。

25年ほど前に買い求めた「This Good Food - Monastery Kitchen -」(修道院の料理本)を改めて読み返してみました。その本によると、聖ベネディクト派の修道院では野菜、フルーツ、乳製品(牛乳、チーズ、ヨーグルトなど)は自分たちで作り、鶏を育てて卵を生産。米、豆、パスタなどの穀物、お茶など、自分たちで生産できない食料品は購入していたようです。基本は菜食。魚介は許されていました。

本に紹介されているレシピはどれもシンプル。そこにも寂静を感じます。私がイタリアの修道院で嗅いだスープの香りはその象徴であります。

寂静を味わうとは

修行者に限らず、私たちにとっても「食事」はある意味、最良の寂静の時間であるはずです。今の時代は忙しいばかりで、安息がなかなか得られません。だからこそ、食事で心とからだを休めることが大切なのだと思います。

「寂静を味わう」とは、何かをすることで心身がしずまり、安心や安息あんそくを得ること。

と私は解釈をしています。
坐禅、ヨガ、習い事、散歩、読書…。寂静を味わう時間というのは人それぞれでしょう。朝に飲む1杯のコーヒー、という人もいるかもしれません。その中でも「食事」は、暮らしの中で寂静を味わえる最適の時間だと思います。
忙しすぎる今の時代に、静と動のバランスをととのえることは、私たちが思っている以上に大事なことだと感じます。

では、寂静を味わう料理とは?

それは環境や記憶の中に存在するもので、食べ物の働きや作用といった学術的なことではなく、個人的な体感や感覚のことです。
食べたときにホッと気が休まるような、心の平安を感じたり、安心を得るような食事のことです。
例えば、いつもの惣菜を温かいごはんにのせて食べたとき。疲れて帰ったときの一杯の味噌汁。私はだし巻き卵に寂静を感じます。それから母が小さい頃によく作ってくれた「いなり寿司」。やっと最近、母の味になったと思うようになってから、いなり寿司にも寂静を感じます。

外食で寂静を感じることもあるでしょう。けれど、誰かが、誰かのために手を動かして作った料理に勝るものはありません。相手を想い、料理する。それは必ず食べる人に伝わります。
ちなみに’相手’というのは「わたし自身」も含まれます。自分をいたわるうことは、実はとても大事なことなのですが、周りに気を使うばかりで、自分へのいたわりを忘れている人は意外に多いのです。
手を動かした分だけ、食べる人の安息となります。それは外食や冷凍食品では得られない、不可欠な’日常’なのではないでしょうか。

あなたにとって、安息し寂静を味わう料理は何ですか?

さて今回は、イタリアの修道院体験のあとに作るようになった「修道院スープ」をご紹介します。

土台レシピ10「修道院スープ」

温かく、やさしく、からだを包み込んでくれるスープ。夏の冷房で冷えたからだにもよく、体調不良で食欲がないときにも、スープなら胃に負担がかかりません。

「修道院スープ」は2つの野菜で作ることができます。もちろん、他の野菜を加えてもおいしく、コンソメも使わず、水だけで作ります。
日本はスープというとベーコンがよく使われますが、このスープはぜひ野菜だけで作ってみてください。きっと寂静を感じると思います。

この「修道院スープ」は拙著「台所にこの道具」(アノニマ・スタジオ)の土鍋料理として掲載していますので、よかったらぜひ!


修道院スープの特徴は土鍋を使うこと
土鍋は遠赤外線効果で、スープストックを使わなくても、水だけでおいしくなります。
(炒めると割れてしまう土鍋もありますので、確認してから使用してください。)

使用する野菜は2種。
1. ジャガイモ(またはカボチャやサツマイモなどのでんぷん質の野菜)
2. 玉ねぎ(長ねぎ、ポロネギなどもOK)。
これが基本で、あとは好きな食材を1,2種類入れてもOK。スープに合わない野菜はないぐらい、いろいろな野菜が使えます。

修道院スープ=水+ジャガイモ+玉ねぎ(+冷蔵庫にある野菜)

今回の「修道院スープ」に使う野菜
玉ねぎ
ジャガイモ
カブ+茎と葉

修道院スープの作り方
材料(2〜3人分)
玉ねぎ 1個(みじん切り)
ジャガイモ 3個(縦十字にカットして5mmにスライス)
*ほか、セロリ、カリフラワー、カブ、ズッキーニなど旬の野菜1〜2種類を5mmぐらいの角切り。
塩、こしょう 適量
生クリーム 大さじ2前後
(または、バターまたは牛乳を適宜)
水 適量

1.土鍋にオリーブオイル大1を入れて、火をつける(土鍋は急激な温度に弱いので、数分弱火にしてから中火ほどまで上げる。火が釉薬までのところまで来てしまうと割れる危険があるので注意する)。2.玉ねぎを入れ、塩を少々振って炒める。この塩は味付けではなく、水分を出して早く火を通すため。
3.玉ねぎが透き通ったら弱火にして蓋をして蒸し焼きする。時々蓋を開けて混ぜる。

玉ねぎに少し焦げ目がつくぐらいになると味にコクが出る。
油が浮いてくるようになると、おいしくなった合図。

4.玉ねぎが柔らかくなり、色が薄茶色になって油が浮いてくるようになったら、ジャガイモなど野菜を入れて炒める。
5.蓋をして、野菜が八分はちぶぐらい柔らかくなるまで蒸し煮する。底が焦げるようだったら水を大さじ1〜2入れる。水を入れる前に野菜をじっくり蒸し煮することで、野菜のうま味が出てくる。
6.水を具材より1cmぐらい高く入れる。蓋をし、沸騰したら弱火にして煮込む。

寂静を味わうスープ


7.ジャガイモが煮崩れるぐらい火が通ったら、フォークやスプーンでジャガイモを適当に潰し、とろりとしたスープにする。水が足りないようだったら足す。
8.生クリーム、塩、こしょうして出来上がり。
*生クリームがないときは、バターや牛乳を入れるとコクが出る。
器に盛り付けたら、EXバージンオイルやパルメザンチーズをかけてもおいしい。

ポイント1:玉ねぎによく火を入れること。
蒸し焼きしながら、油が浮くぐらい炒めます。こうすることでうま味が出てきます。
ポイント2:水を入れすぎないこと。
トロリとした濃いスープに仕上げるには、水は少なめに。水を入れるときは具材のかさより1cm高いぐらいにしてしてください。水が足りないようだったら最後に足します。

玉ねぎとジャガイモがあれば作れるので、ハードルは低いと思います。あとは自由に好きな食材を。わざわざ買うよりも、家にある野菜を入れてください。
個人的にはセロリカブを入れるのが好きです。ポロネギが手に入るときは、玉ねぎポロネギ、両方使うこともあります。
トマトは他の野菜を固くすることがあるので、野菜が柔らかくなってから入れて煮込みます。
煮豆を入れてもいいですね。煮豆をすり鉢で半ずりしてから入れてみてください。コクがぐっと出ます。水で戻した乾燥豆を他の野菜とじっくり煮込んでも!

せわしないこの世の中で、寂静を味わい、心を鎮め、何事にも翻弄されずに素の自分、ほんとうの自分を見つめること。これは生きていく上で、重要なテーマだと思います。


最後に、今回使用した煮込鍋「茶坊主」をご紹介します。
山梨県駒ケ岳の麓にある窯元「窯八」の土鍋です。
この形状が火を入れたときに対流を生み、食材をおいしくします。野菜は水分をあまり入れずに早く煮上がります。
note「野菜のオイル煮」で茶坊主を使っていますので、ご覧ください。



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