忘れられない初恋。忘れる必要のない思い出【Taro's】
Subject:Taro
初恋の人が忘れられない。今でも好きだとか、そういう話しではなく。僕には時折思い出す人がいる。その人と何か特別なことが起きたわけでも、交際に発展したわけでもないんだけど、青春の思い出として残っている。
幼稚園や小学校の低学年でも好きな女のコはいたと思うが、初恋とは違って一緒にいて楽しかったとか、そんな感じだったんだと思う。そういった「好き」とは違う「心を射貫くような最初の恋」について書いてみようと思う。
小5の時の歓迎遠足
僕の通っていた小学校は2年ごとにクラス替えが行われたので、5年生になって新しいクラスになったばかりだった。僕のいた5年2組は学校でもちょっと目立つコたちが不思議と集まっていて、楽しい仲間がたくさんいるクラスで毎日が楽しかった。
新学期が始まってしばらくして、小学校1年生のための歓迎遠足が行われることになった。6年生が1年生の手を引いて遠足をするあれだ。僕たちは5年生だったので、2年生と手を繋いで歩くことになっていた。3年、4年はとくに手をつないで歩くことはないので、低学年のコたちの手をひいて歩くというのは、ひとつ大人の階段を上ったような気分だった。
ルートは簡単で小学校を出て、小学1年生でも歩ける距離の大きな公園まで行って昼食。帰りは小学校までは戻らず、学校近くの公園で少しずつ解散するという流れだった。
少年、おしゃれに目覚める
今思えば笑っちゃうのだが、この遠足当日、僕は大いにドキドキしていた。その理由はファッションだった。この日に合わせて、スリータックのデニムパンツ(ボンタンみたいにはけることで人気だった)を新調し、シューズもそれまでのミズノからスリッポンに変更。ワルだから、ヒモとかとーさねーぜ、といきがった履き方をし、帽子もそれまでの「プロ野球キャップ」からアメリカ国旗のあしらわれた帽子を得意げに、後ろかぶりしていた。
小4の終わりぐらいに突然ファッションに目覚め、近くのカッコいいお兄様がたを観察して、その格好を真似したいと思うようになっていた。不幸だったのは、僕の住んでいる地域には「ヤンキー」しかおらず、カッコいい年上のお兄様=ヤンキーファッション、となった。
当時の僕はそんな悲しい勘違いをしていることなどつゆ知らず、母親に泣きつき、勉強をがんばることを条件に春休みに「近くのお兄様たちのカッコいいファッション」を買いそろえていた。母は僕が選ぶものを見て笑っていたが、その昔、定時制でヤンキーたち相手に教鞭をとっていたせいか、「なんだか懐かしいわね」と珍しく気前よく買い与えてくれた。
その後、僕は新しいファッションスタイルをお披露目するタイミングを虎視眈々と狙っていた。なにぶんセンシティブなお年頃なのである。いきなりファッションが変われば、みんなの注目を浴びてしまう。注目は浴びたいが、バカにされるのは嫌だ、という絶妙にこじらせた心理状態だったので、何もない日に新しいファッションをお披露目するのは躊躇するものがあった。
そんな時に訪れた絶好のチャンスが歓迎遠足だった。遠足なので、人に紛れるし、目立ったとしてもクラスの中で浮くことはない。遠足という別のメインイベントがあるので、変に注目を浴びすぎることもないだろう、と考えて新ファッションのこけら落としは「歓迎遠足」と決めていた。
はじめて恋に落ちた
歓迎遠足当日、僕はドキドキしながら学校に向かった。登校中に出会ったクラスメイトは僕のファッションを見ると、ちょっと驚いた表情を見せたが、おおむね好評だった。担任の先生には派手な格好について「おまえはチェッカーズでも目指しているのか」と少しチクリと言われたが、友人たちはからは「カッコいい」と言ってもらえた。
僕は得意な気分になって、遠足の出発場所となる校庭に向かった。今日はちょっと目立っちゃうな〜なんて、ルンルン気分で校庭に出ると、各学年が少しずつ整列しはじめていた。
5年生もダラダラと並びはじめていて、1組と3組の連中もバラバラと集まってきていた。他のクラスの同級生がチラチラ僕のことを見ているのがわかり、さらに気分は高まっていた。
「おまえらにこの感じはマネできまい。ヘヘーン」みたいなことを思っていた。鼻は天に届くほど高々だった。
チラチラ見られていることが心地よくて、こちらもチラチラと他のクラスの奴らの視線を確認する。気にしないふりして、めちゃくちゃ気にしてる。この頃の少年にありがちな出来事だったと思うが、次の瞬間、なんだか僕の気持ちは妙な感じになる。
チラチラ他のクラスの連中を見ているうちに、一人の女のコと目が合ったその瞬間、あれ? なんだか変だぞ。あれ? あれ?と自分でも自分の感情がよくわからない状態になっていた。
その子は1組の列に並んでいた。僕が4年生の時に転校した小学校は生徒数が多くなく、1学年90人弱。クラスは違ってもだいたい顔は知っていた。その子の顔もはじめて見たわけじゃなく、何度か見かけたことがあったし、4年生の時の自動車工場見学では同じグループで一緒にまわった記憶もあった。
だが、それまでなんともなかった彼女の存在が、その時、その瞬間、なぜか特別なものになった。
恋に落ちる運命
遠足の間中、ずっと彼女の存在が気になる。違うクラスだからほとんど彼女を見ることはできないのだが、気がつくと視線は彼女の存在を探している。なんだかフワフワした気持ちで、本日お披露目のニューファッションのことなど、どうでもよくなっていた。
そんな感じで過ごした遠足の最後に僕が彼女のことをはっきり「好きだ」と認識する出来事が起こる。遠足が終了し解散する前に集合した公園で、彼女が僕のすぐ左横に座ったのである。おニューのジーパンが汚れないように、覚えたてのヤンキー座りをしていた僕の横に、チョコンと彼女が体育座りで座っている。僕の心臓は族車なみの爆音をかなでていた。
とはいえ、周囲に彼女を意識しているのがバレるのはマズい。僕は猛烈に左を気にしながら「左とか気にしてねーよ、ましや横にいる女子とかぜんぜん眼中にねーし、ぜんぜん興味もねーよ」と、ヤンキー座りのままエア煙草をふかしていた。
すると突然、左側から「ねえ」と声をかけられた。心臓が口から飛び出すほどビックリしたが、声の主が彼女だとわかるともうなんだか気持ちが天にも昇る気持ちになった。それでも年ごろの少年らしく、僕は声に気づいていないフリをした。同時に声をかけられているのが、勘違いだったらはなはだ恥ずかしいというのもあった。
心の底から「もう一度、呼びかけてくれい!」と願っていると、再び「ねえ」と声かけられ、指でツンツンとされた。青春の指ツンツンである。僕は体に電流が流れるような衝撃をうけた。
さっきから気づいていたけど、はじめて気づいたふりをして「なに?」と僕は横を向いた。彼女の顔を至近距離で見るのは初めてである。それだけで心臓の爆音はさらに加速度を増していく。
「その帽子、いいね」と彼女が笑って言った。ぜんぜん興味のない女子からなら「そうなのよ〜」とイチからどこが良いか説明していたと思うが、彼女の前である。当たり前のようにかっこつけて、そう?と言って被っていた帽子をとると、彼女の頭の上にちょこんと帽子を乗せた(意外とませたガキである)。
帽子を被った彼女は「へへ」っと笑った。その瞬間、僕はもう完全に、疑う余地もなく、彼女に恋をしていた。
片想いで終わる映画にならないラブストーリー
僕の彼女への初恋と片想いは小学校を卒業するまでの2年間続いた。だが、残念ながら僕の初恋の絶頂期は彼女に帽子をかぶせ「へへ」と笑わせたところが、最初で最後のピークだった。
初恋というのは皮肉なものなのか、彼女は僕がキャプテンをつとめるソフトボールチームの同級生のことが好きになり、6年生のときは彼と付き合っているような関係になっていた。
大事な試合になると彼女は友達と一緒に彼を応援しに来るようになった。僕は彼女に良いところを見せようと必死にプレーした。その姿を見た監督が「おー今日は気合い入ってるな、キャプテン!」と勘違いの感動をしていたのを、なぜか鮮明に覚えている。
たいして運動神経の良くない僕が、リーグの優秀選手に選ばれたのは、間違いなく彼女に良いところを見せようとしたおかげだった。どんな内野ゴロでも全力疾走で一塁にヘッドスライディングする姿が、大人たちの心を震わせた。だが、僕が震わせたかった彼女の心が動くことは1ミリもなかった。
小学校を卒業すると僕は別の中学に行ったので、彼女とはそれ以来会っていない。クラスも別だったから同窓会で会うこともなかった。彼女がその後、どんな人生を歩んでいるのかも知らないし、これから知ることもないだろう。
初恋よ、もう一度
ずいぶんとストーリー性のない初恋物語を披露してみた。でも、世の中の90%ぐらいの初恋がこんなもんじゃないだろうか。ただの片想いで終わり、人生の時計の針が進んでいく中で忘れていく。あんなにも大事だった気持ちが、いつの日かなかったことのようになっている。
僕はそれがちょっともったいないなって思って、ダサい初恋をあえて表に出してみた。初恋は人生で一回しかできない。それを忘れてしまうのはなんだか悲しい。僕の初恋は何の変哲もなく、人生に何の波風をたてるわけもなく終わっている。だけど、廊下で彼女とすれ違っただけで得られたドキドキと、今日は良い1日だったと思える幸せ。チームメイトの活躍に喜ぶ彼女の姿に、複雑な気持ちになったこと。卒業式で見せた彼女の涙。それらはすべて大切な思い出として僕の心の中に残っている。
ごく一部の限られた人を除いて、初恋は広い意味でバッドエンドで終わったものが多いだろう。その後、それなりに別の人を好きになり、付き合い、結婚したり、子供が生まれたりもするだろう。その始まりの場所を今一度見つめてみてはどうだろう?
小学校でも中学校でも良い。ちょっぴりホコリの被った卒業アルバムを引っ張り出して、あなたの初恋の人を探してはみませんか? キュンと鳴った心は確かにあの頃のものだと思いますよ。
おしまい。
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