見出し画像

【書評5】 編著 是川夕 監修 駒井洋 『人口問題と移民-日本の人口・階層構造はどう変わるのか-』

 読書というより論文のリサーチをするために本書を手に取った。本書は「移民・ディアスポラ研究会」が刊行する論文誌ジャーナルである。

 現代日本で移民の存在感が日に日に増していることは言うまでもないが、「移民」というワードは移民2世の自分にとって大変身近(というより自分事)であり、いつかしっかり時間をとってこの現象を研究したいという思いが常からあった。しかし移民研究を始めるに当たって、それぞれの学問分野から多種多様な視点と主張が提供されていることが分かり、それらの主張が対象とする社会現象や拠り所とする理論を、正確に峻別し理解するところから始めなければならないということが分かった。

 本書は「移民流入が日本の経済社会にどのような影響を与えるか」について、移民や移民によって置き替わられる労働市場周辺の社会階層変化にスポットライトを当てて説明を試みている。特に日本のような低出生環境で生産年齢人口以下の若い移民が流入すると、移民を受け入れる地域では人口構造が変化したり(第三の人口転換理論, Coleman 2006)若い世代でピンポイントに社会経済的格差が進行する(下からの多様性, Lichter 2013)ことが知られている。実際人口問題研究所の試算によれば、2065年までに移民やその子供が総人口に占める割合は12%に達すると予想されており、今後体系的な移民政策を形成していく上で、移民やその子供、受け入れる地域の人々の社会経済的属性がどのように決定されるかを把握することは、非常に重要な作業だと言えるだろう。

 本書の視点は、移民流入過程をセンサスを用いた統計手法とフィールドワークの組み合わせによって捉えつつ、その個々人の社会階層がどのように決定するのかということを明らかにすると言うものである。移民は受け入れ社会の社会経済制度に対し、制約を回避したりうまく活用することで現地人以上の適応を示すような例がある。ミクロ、マクロな視点の両面から分析することにより、こうした生き生きとした生を捉えることができるというメリットがある。

 まず第一部では、移民受け入れの人口学的な分析を行い、マクロな視点から移民流入がもたらす社会経済的変化を明らかにしている。その結果、日本はすでに移民送り出し国から移民受け入れ国へと変容しており、近い将来に日本社会もエスニックの多様化と労働市場の変容を経験すると予想されることが明らかになった。一方、人口減少による労働力不足に対して移民政策によって解決策を与えようとする主張に対しては、人口減少速度と移民流入速度に依然大きな差があり、マクロな処方箋にはなり得ないということが結論づけられた。また、EUや北米の移民国家と比較して、アジアの人口移動は女性比率や人口流動性の高さが観測されており、人口のマクロな移動についてはアジアの経験に即した理論モデルを構築する必要があると指摘されている。

 続く第二部では、移民の移住過程が階層変動に与える影響について、センサスとフィールドワークを用いて分析を行っている。その結果、移民1世と移民2世の間でエスニシティが地位向上に与える負の影響が弱まり、世代を経るごとに日本人との経済格差が狭まっていくことが確認された。一方ジェンダーの視点から分析すると、移民女性と移民男性の間で地位達成過程が異なるという結果も示された。さらに、ブラジルやペルー、フィリピンといった特定の国籍移民について、語学力や学歴に還元されない地位の低下が指摘されており、移住の歴史的文化的背景に迫る必要性が示唆されている。また、日本語学校を通じた留学生の定住にも焦点が当てられており、日本語学校が不法就労の温床になっているという主張をデータによって退けつつ、語学の学習を通じた教育の達成が日本定住後の地位向上に影響を与えているということが結論づけられた。

 最後の第三部では、移民1世と2世の間の階層変動について、エスニック集団ごとにフィールドワークによる調査を行い、分析をしている。その結果、例えばフィリピン人の両親を持つ2つの家庭を比較して、両親がフィリピンや日本に対してどのような感情を抱いているか、子供の通う学校でどのようにアイデンティティが形成されていくか、両親の仕事や収入、自己評価に影響を与える同世代の友人など、様々な社会経済的要因が、移民2世の階層変動に影響を与えており、移民1世と比較して移民2世の社会階層は多様性を持っているということが確認された。このような多様性は一方で社会的分断を生みつつ、他方では移民の社会統合を達成しているとも言える。また、依然としてエスニシティがその社会階層構造に影響を与え続けていることが明らかにされたことは殊更強調しておく。

 これらの調査結果は決してこれまで知られていなかったことではなく、薄々多くの人が気づいていたことが数値と言語によって明らかにされたものに過ぎない。むしろすでに日本社会において解決すべき問題と認識されているものばかりだと言える。こうした諸問題に対して研究者の立場からできることは、より鮮明に現実を説明するためのエビデンスと、それに対応するための解決策を提示することである、と言うことになるのだろうか。私自身としても、本書を通じて移民流入の社会経済的影響について客観的な視点を得たことで、移民研究の必要性にますます確信を強めたと同時に、当事者でありながら移民社会を少しも言語化できていなかったことを反省した。今後もこうした論文にあたりながら、自身の研究を磨いていきたいと思う。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?