「発達障害」とかいうネーミングセンスの悪さよ。

何かを「嫌いだ」と言って叩くような意見は、見るのも表明するのも性に合わないのですが、「発達障害」というこの病名に関しては、はっきり言って「嫌い」です。だって、あまりにもネーミングセンスがないと思いませんか。

発達の仕方がちょっとレアなだけじゃないですか。それを「障害」と呼ぶのはやはり腑に落ちない。

そういう意見が増えてきたのか、最近は「神経発達症」という呼称に変わっているらしいですね。→https://www.mc-ichie.jp/about/

だって、発達障害者同士で「あるあるネタ」が存在してるくらいなんだから(詳しくは発達障害あるあるで検索)、我々は障害というより「多数派とは異なる発達傾向を持つ群」にすぎないんじゃないかと思うのです。

たまたま同じ特性を持つ人の数が少ないだけ。
わたしたちはマイノリティなだけ。
医学的にはそう単純に割り切れる話じゃないのかもしれないけど、ただそれだけの話じゃないかと思うのです。

ただ少数派だから、空気を読んでもらえないだけで。↓(クリックしていただき、ミケる子さんの一連のツイートを参照されたい)

同じ国に住んでいるのに、まるで違う文化圏に暮らしているみたいに分かり合えないことがある。異なる発達特性を持って生まれた者同士がまともに向き合おうとすると、カルチャーショックに出会うこととなる。

でも、それでいいのだと思います。
そしてお互いにカルチャーショックを受けたあと、何を選ぶのかは個人の自由に任されていると思います。

「もっと相手のことを知らなきゃ」って歩み寄りを図るもよし、「あんなヤツとは一生分かり合えないんだ」って殻に閉じこもるもよし。「どうして分からないんだよおおお!!」って喚き散らしてバトルに発展するのも個人の自由。

極論を言うなら、細分化していけば全ての人間は皆それぞれ異なる脳みその特性を持っているはずなので、「ADHDだから誰にも分かってもらえない」「ASDだから人間のことわからない」なんて自分自身を型にはめてウジウジしてるのは馬鹿らしいんですよ。

だって表現しない限り誰もお前のこと分かってくれる訳ないんだから。関わらなきゃ、人の気持ちなんて永遠に分かるようになる訳ないんだから。そうでしょう。

お前の頭の中にあるものは、お前の頭の中にしかない。それは、いかなる発達特性を持つ人の間でも共通する事実だと思うから。

孤独から抜け出したいならね、勇気を出して飛び込むしかないんですよ。

いや、断じて、線路とか海とかじゃなくて、人間という不可解な生き物たちの中にだよ!?

「それなら一生孤独でいいわ」、って方はどうぞそのまま、幸せに生きてください。人間の悩みの種の殆ど全ては人間関係から生じるものだって、授業で聞いたから。

多数派によって決められたルールが支配するこの社会を上手に生きるために人間の中で足掻くか、孤独を愛し、ひとり気ままに賢く生きていくか。

あなたは自由な選択肢を持っている。

どうかこの星で幸せになることを諦めないでほしい。

2024/08/04

※以上は全てハツョがハツョに向けて言っているだけの独り言です。読者の皆様がこれをお読みになって行動に移した結果、何が起ころうと、ハツョは一切の責任を負いません。

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