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博士の就職は大変だが

かつては博士になったにも関わらず研究者として就職ができない人をオーバードクターと呼んでいた。
当時もオーバードクターが多量に発生し問題になっていた。今も昔も変わらない。

私が高校のとき(1980年頃)学校にオーバードクターの理科の先生がいた。

その先生は
都内有名進学校→東大理1首席→東大理学部
→大学院、英米大学留学→博士号→就職なし
いまいちな中高一貫校の理科教師

という経歴であった。

実際、昔から文学部、理学部の卒業生は一般企業の就職はなく、卒業後中学高校の教員になる人が多かったが、東大理学部卒博士号持ちでも学科の選び方によってはいまいちな中高一貫校の教師なのかと、生徒、教員一同皆心から気の毒に思っていたものである。

だったらこの学校の生徒如きが仮に東大に行ったところで先は見えているというものである。
と、ほとんどの生徒はそう思うのだが、将来は東大に行って学者になるんだと言って聞かない同級生も何人かいた。
医学部受験仲間が欲しかった私は、彼らに医学部を受験する気はないのかと聞いたことがある。
全員きっぱり、「ない」と言い切っていた。

実際私のほうが成績が良かったし、彼らにそんな才能があるとも思えなかった。
しかも皆大学受験に失敗し浪人した。
その後も大学院もすんなり入れなかったり、博士号を取るのに大変な苦労をして、その後も就職がなかなか見つからなかったりしていた。他人のことながら大丈夫かと心配したものだ。
そんな彼らも今は皆研究者をしている。

逆に同級生でただ一人東大(理1)に現役で入った男は工学部卒業後すぐ結婚して大学院にいかずメーカーに就職し今は独立して事業をしている。

研究者になれるかは勉強ができるかどうかとはあまり関係なさそうだ。
彼らに共通しているのはこの道しかないというこだわり(というか強烈な思い込み?)ではないかと思う。
どんな犠牲を払っても信じた道を進もうとする。
彼らが医者になったら案外私より良い医者になったかもしれないのだが、そういう柔軟性はないらしい。

むしろ、医学部や東大にすっと入ってしまう人のほうが研究者になるなどという大志を抱いたりせずあっさり妥協し、さっさと就職したり医者になってしまったりするように思うのだ。






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