【グッドプラン・フロム・イメージスペース】 「ぼくのオレンジジュースはどこ?」まとめ記事
「観た?」
「うん、みた。」
朝、小学校の校門の前で、ランドセルではない四角いリュックサックを背負った2人の少年が話している。
まだ、登校にはずいぶん早い時刻だったので、校門は開いていたものの登校する生徒はいなかった。
「全然知らなかった。難しいところもあったから全部が分かったわけじゃないけど。」
青いリュックを背負った少年が自信なさげに言った。
「そうだろうね。君の歳じゃ。といっても私も君と大して変わらないし、もちろん全部わかったわけじゃないよ。」
少しだけ背の大きい黒いリュックの少年が言って、ポケットからスマホを取り出し、
「これで見せてあげたかったけど、長いし、1日貸してあげることは難しかったから。悪かったね。結局ミハルはどうやって観たの?」
ミハルと呼ばれた青のリュックの少年は下を向いたまま、
「うん。ハネオに教わったマンガ喫茶でみた。おかあさんが一緒に行ってくれたんだ。マッサージが出来るところだから、その間。」
「そう。」
ハネオと呼ばれた黒のリュックの少年がうなずいたが、ミハルの元気のない姿がさっきから気がかりであった。
「ミハル。あまり元気でないけど、何かあったか? それともショックだったの?」
「うん。ショックもある。だって、今まで信じてきたり教わってきたことが嘘ばっかりだったんだって分かったから。ハネオから聞いていたけど、自分でみたらもっとショックだった。 だからハネオが言ってたとおり1人でみて良かった。誰かと一緒にみると集中できないし。」
「そう。 でもそれだけじゃないみたいだね。」
「うん。」
ミハルはつま先に向けた視線をふっと校門の先にある校舎に向けた。
ハネオも一緒に校舎を見た。
「ジュースが、ちがったんだ。」
「ん? ジュース? 何のこと?」
ハネオは視線をミハルに向け直して尋ねた。
ミハルは視線を校舎に向けたままだった。
「ジュースが、いっぱいあるんだ。あそこには。だけど、ちがったんだよハネオ。」
「ジュースっていうのはマンガ喫茶の機械のことかミハル。 そうだ、あそこには沢山あるよ。1つの機械から幾つものジュースを出せるよな。 わかるよ。 でも、ミハルの言う、違った、っていうのはどういうこと?」
ミハルの向ける視線の先には、古ぼけた灰色の校舎がある。
彼らと校舎の間には埃っぽい校庭が広がっているが、その何処にも動く人影は無かった。
それでもミハルはまだ校舎から視線を外さなかった。
「ぼくはオレンジジュースのボタンを押したんだ。まちがいなく押したんだ。でも、ちがったんだ。」
「どう違ったんだミハル。」
「黄色くもない、ぜんぜんちがうのが出てきたんだよ。茶色かったんだ。」
「茶色い飲み物か、それは何だ? コーラか?」
「お茶だった。ちょっと渋かった。」
「そうか、なるほど。ならば恐らくは烏龍茶かアイスティーだろうな。うん。 しかしそれは分かったが、ミハルは何故それを未だに引きずっているんだい?」
ハネオはミハルがこうして塞いでいる理由がわからずにいました。
確かに彼は自分と同様に子供なうえに歳も1つ下です。
ジュースを間違えたことで気持ちを傷つける事があるかも知れませんが、いくらなんでも引きずり過ぎています。
ハネオは質問し、返答を待っていました。
しかし返事はありません。
ハネオは校舎に顔を向けたまま黙っているミハルの顔を覗き込みました。
ミハルは泣いていました。
ミハルは一筋の涙を流していたのです。顔を背けていたのもその姿を見せないためだったのです。
ハネオは驚きました。が、驚きを見せると更にミハルを苦しめることになりかねないと感じ、顔にも声にも出しませんでした。
そしてハネオは今一度ミハルに尋ねました。
今度はもっと落ち着いた穏やかな物言いに努めました。
「ミハル。 どうか私に教えて下さい。」
ハネオはそのまま黙っていました。
やがて袖で顔を拭ったミハルは言いました。
「ハネオ。ぼくはそのまま飲んだんです。そしたら渋かったんです。甘いのを期待してたのに渋かったんですよ。」
「ええ、わかります。私も昔トマトジュースで同じことをしました。甘さを期待したらしょっぱかったんです。あれはショックですよね。」
「ハネオちがうんだ!」
ミハルはキッと顔を向き直し、少し赤くなった目をまっすぐ突き刺すようにしてハネオを見つめました。
「トマトジュースは缶でしょ⁉ 見えないでしょ⁉ でもオレンジジュースはコップなの!」
お互いの距離からは適切と言い難いほどの大きな声でミハルは言いました。
「ぼくは目の間で茶色いお茶を注いでたのに、全く気づかずにオレンジジュースだと思って飲んじゃったんだよ。それが辛かったんだ。 だってそうでしょ? 目の前で起きてるのに全く気づけなかったんだよ? 自分でやったのにこの始末なんだよ? じゃあ他の人がやってたらどうだよ? 絶対に判りっこないじゃん⁉」
ミハルはそう言うとまた涙が出てきたのか、下を向いて黙ってしまいました。
ハネオはミハルの気持ちが漸く理解できました。
ハネオは俯くミハルの頭に向けて話しました。
「ミハル。あの手の機械の中にはジュースの素が入っていて、ボタンを押すとそのジュースの素と水や炭酸水が同時に出てくるようになっているんだ。そして下に置かれたコップの中にその場でジュースを作るんだ。」
ミハルは動かず、返事もしませんでした。
「恐らく、ミハルが体験した原因というのは、このジュースの素を交換した時に間違えたんだろうと思う。それを担当したスタッフのミスだろうね。」
ちがう、そういうことが言いたいんじゃないんだ、と言いたげに顔を上げたミハルの言葉を制するように、ハネオは言葉を続けました。
「だけど、ミハルが言いたいことはそんなことではないだろうね。ミハルはさ、ボタンのところにオレンジジュースのシールが貼ってある事を確認した上で、その下へコップを置きボタンを押したんだ。そうだね?」
ハネオは軽く同意を得るように話しました。
ミハルは小さく頷きました。
「でも実際は、そのオレンジのシールの下から茶色のお茶が出てきた。 そして本来ならばそこで気づくのに、気づけずそのまま飲んでしまった。」
うんうん、と頷きました。
「つまり外見と中身が違った、ということだね? でもすぐには気づけなかった。」
「そうなんだ! そうなんだよハネオ! それが怖かったんだよ!」
ミハルは自分の青いリュックサックを抱きしめ、うつむいてしまいました。
今度はハッキリとすすり泣く声が聞こえます。
「あの手の機械に使うジュースの素はね、箱とかに入っているんだ。その箱ひとつで何十杯も作れる。つまり、一度設置するのを間違えてしまうと、そのあと何十人もが苦しむわけだ。」
そう言いながらハネオは自分のリュックからグミの小箱を取り出し、中のグミをひとつミハルにあげました。
「だからその箱を取り扱う人の責任は大きい。何しろ私達にはそれを防ぐことは出来ないのだからね。現にミハルはこうして苦しんだ。」
口をモゴモゴとさせながらミハルは頷きました。
「もしこれが烏龍茶とアイスティーだったら、もう絶対にわからない。それに、当然だがその箱には誰でも触れる訳ではない。中身の交換には能力や責任がいるんだ。ああ・・・」
言葉の間を感じたミハルは、口を動かすのをやめてハネオを見ました。
ハネオは顔を校舎に向けていました。
ミハルも思わず校舎に目を向けました。
「ジュースならともかく、私達はこれからも長いことここに通うんだな・・・」
「うん。」
「ジュースのように飲まないで済ますことは出来ない。マンガ喫茶みたいに行かないで済ますことは出来ない。」
「・・・うん」
ハネオは顔をミハルに戻しました。
「ミハル、これからは今までよりもかなり厳しくなると思うよ。でも、それはより良くなるためなんだ。その資格が私にも君にもあるんだよ。私も君ももう観たんだから。そして内容にも感動したんだからね。」
「うん。でもハネオ、一体どんなふうに厳しくなるの?」
「それは、今までだったら疑問にも思わず受け入れてきた事が、受け入れられなくなるんだよ。オカシイ事に気づくからね。でもクラスの人は誰も疑わないよ。まして私達のような子供は特にね。だからいちいち仲間はずれになったり目をつけられたりすると思うよ。」
「・・・それは怖いねハネオ。」
「そうだね。それに私達はとても幼いから、自分で自分を守れない。だから誰かに守ってもらわないとならないけど、その守ってくれるはずの人達が苦しめる側になってしまうのだと思うよ。だから本当に辛いだろう。」
「・・・みんなが観れば変わるかなぁ?」
「うん、変わるかもしれない。でも絶対では無いだろう。受け入れるかどうかは別だからね。」
ハネオは萎んでしまったミハルの肩に手を置いた。
「ミハル。頑張って大人になろう。私達は今は弱い。でも、段々成長して強くなれる。何回も観て、それから調べよう。私達で。そうして毎日少しづつ強く賢くなれば、もう知らぬ間に苦いものを飲まされる事なんて無く、その前に気付けるようになれるさ。」
「うん。そうだねハネオ。2人で頑張ろう。頑張ってジュースの素を守るんだ。」
「そうだ。じゃあ、行こうか」
2人はポケットから白いマスクを取り出し地面に放り投げました。
そして靴で踏みつけると、そのまま校門をくぐり校舎へと歩き出しました。
【グッドプラン・フロム・イメージスペース】
「ぼくのオレンジジュースはどこ?」(No.0188)
おわり
【ほかにはこちらも】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?