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蒼い満月の夜に。ー12歳の夜ー

 世界が滅んで、自分を虐めた奴らが世間に晒されて、慌てふためいた時には手遅れで、死を待つだけの世界、そんな世界が魔王の支配下の世界で、虐めっこが謝罪してくれて、私が全てを許せた世界は神の光のような温かい世界になると、小さい時によく空想にふける。



 そう、ひとは「魔王になるか救世主になるか、選択肢ひとつ」
 
   

だと私は思っていて。誰しも魔に魅入られたり、誘惑に負けたり、欲望の赴くまま生きたら、それは悪魔のような生き方になる。



   言霊を言葉を文章を操ることが出来るなら、もしも、この世界に言霊があるなら、魔法はなくとも、言葉の力があるのであれば、物書きや文章書きは「魔法使い」のように、言葉巧みに操り、願い通りの世界へ導けるのではないか?魔導師のように。




   そんなことを私は小6で12歳で考えていた。あれから30年だ。そして、oneworldの本、「30年前」の本に、陰謀論のような記載が残った海外の本がある。



 偶然、なのか?私が自殺未遂をした、あの日。文章を書くことを決意した日から30年だ。そしてその本が世界に出たのも30年前で、その本を当時の私は知らない。




  そして今、私はまるで導かれたかのように、「X」にいる。取り憑かれたかのように、文章を書いて知らせ続けている。


   30年前、死ぬはずだった、私は、満月の月夜。
幻聴を聴いた。「死すべき時に死ぬ。おまえが私を手伝うならおまえが生きるのを手伝おう」と。


  あれは━━━━━━━━━━━━━━━悪魔の囁きか
それとも神の啓示か
   私は仏教徒曹洞宗だから


  御仏の声だったのかもしれないと。

いま、結論が出る。
  この命、どこまで通用するのやら。



(※実話です。妄想もあるので、あくまで私の個人的な解釈だと思ってお読みください)

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