タクシードライバーの話~3~

 今日はいつもより体感温度を高く感じる。クロは耕していた鍬を土に差したまま、右手の軍手を脱ぎ、額の汗を拭った。
 遡ること二時間前――――――――――。


 小さな駅に一台のタクシーが白線のスペースに収まる。クロはタクシーのクーラーを付けるとじわじわと滲み出ていた汗を冷やす。車の外はゆらゆらと地面の熱に水蒸気が立っていた。今日はまだお客さんを乗せていない。しばらく駐車していたが、島の周りをタクシーで回ることにした。
 

 島の沿岸の道路を走っていると、道路より1メートルほどの高さに土が盛り上がった畑が見えた。そこに男性が鍬を手にして耕している。
 

 そのままタクシーは二車線の塗装道路に沿って走っていく。すると、道路の側に人が立っているのが見えた。車を近くに停車させ、後部座席のドアを開ける。

「こんにちは。乗りますか。」

 ドアを開けてクロは声を掛けると、そこには島の村人が二人立っていた。

「ありがとう。実はこれからタクシーを呼ぶつもりだったんだ。」

 その村人はそう言うと、二人目の村人と一緒に後部座席に乗る。
 行先を確認すると、同じ目的地でここからおよそ三十分で到着する場所のようだ。

 クロはわかりました、とギアをドライブに入れてフットブレーキを離し、タクシーをゆっくりと前進させる―――。

 二車線の道路を走っていると、二人の会話が聞こえる。
「最近島の人口が減ってきているらしいな。」
「そうじゃな。少し寂しいな。」
 そう言えば、聞いたことがある。確か島からの流入人口が減ってきているのだとか。
「タクシーの運転手さん、若い人がきてくれてありがとうね。」
「あ・・・、え・・・えぇ・・・。」
 不意に話しかけられてしどろもどろな返答になってしまった。体制を立て直す。
「・・・島にもっと多くの人に来てもらいたいですね。」
タクシーは海沿いを走っていく。

 


 何か自分も島にお手伝いできることはないだろうか。午後はたまたま半休を取っていたため、島の周辺を散歩しながらクロは考える。外は暑く、南の太陽の光が当たりどっと汗が噴き出る。タオルで汗を拭き、リュックからペットボトルの飲料水を取り出し、一口飲む。クロは歩き続ける。

 

 すると、午前中にタクシーの周回の時に見た少し土が盛り上がっている畑が見えた。歩いていくと、男性が何か入っている大きな段ボール箱を抱えて少しよろめいていた。

 慌ててその男性の段ボール箱を持つと、クロに気付きありがとう、と返答する。ここに置いてくれと示唆された場所に段ボール箱を静かに置く。
その男性は続ける。
「畑を耕していたが、一人で作業すると辛くてな。」
クロはその男性の言葉に反応して先に口が走っていた。
「私に作業のお手伝いをさせてください。」


 畑の作業が終わると、男性は自宅に招いてくれた。
「島の人口が少なくなって困ってるんだ。」
その男性はそう言うと、すこしため息をついていた。
どうやら島の人口が少なくなっているというのは大きな課題になっているようだ。
すると、男性は続ける。
「島の夏祭りの景色を見るのが大好きだったな。」
「夏祭りですか。」
「ああ。数年前までは。」

 その男性の話によると夏祭りは数年前までは行われていたらしい。島の人口減少、夏祭り、島の歴史・・・島の魅力を伝える、そして島にきてくれる人を呼ぶ方法は・・・。
クロの頭に電球がひらめき、脳内の電気信号に稲妻が走った。
「夏祭りを復活しよう。」


 夕方、クロは午後散歩した道を戻る。お礼に貰ったとうもろこしが二、三本手提げのビニール袋に入っている。水平線から太陽が顔を覗かせるとその光が海に当たりきらきらと反射しているのが見える。クロは今日の微々たる貢献と高揚感に包まれていた。しかし、疲れた。もう今日は早く帰ろうと足早になる。

 


 クロは朝起きると、すぐにカレンダーを確認した。数年前まで行われていた夏祭りは、今日からちょうど一カ月。仕事は休みだ。クロは今日も散歩の準備をする。

 

 一か月後、夏祭りは無事に成功した。島の皆と協力して当日は沿岸に屋台が並び、少人数だが屋台の人もお客さんも楽しんでいる景色をずっとクロは見守っていた。

 


 クロは仕事から家に帰ると、着信音が鳴った。電話に応答すると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。そして、その一言が印象に残った。
「久しぶり。クロ君、君に連絡がある。」
「辞令が命じられた。移動先は本社だ。」
                               つづく

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