タクシードライバーの話 ~2~

 今日は雨だ。ぽつぽつと車の窓に当たる水滴を見ながら、クロは思った。
 いつも通り島の周りを周回した後、駅の近くにある白い枠の中にタクシーを収める。

 お客さんの乗車を待ちかまえていたがお客さんが乗る気配がない。今日は誰も乗せていないのである。

 一人目のお客さんである女性をタクシーに乗せて以来、次のお客さんは今日まで出会っていない。
 

 すると、車の窓を小さく叩いていることに気付き見るとそこには中年男性が傘を手にしながら立っていた。後部座席のドアを開けるとその中年男性はタクシーに乗り、深いため息をつきながら手に持っていたスマホを私に見せた。

 それは地図が広げられていて赤いマークで記されている場所はどうやら海の近くにある漁業の卸売を行っている場所のようだ。
すると、後部座席から男性の声が聞こえてきた。
 

 「ここに行ってくれ。」

 わかりました、とその言葉を受け取るとタクシーのエンジンを掛け、サイドブレーキを外し、ギアをドライブに入れる。フットブレーキをゆっくりと外しながらタクシーを前進させる。
 
 

 二十分くらい経っただろうか。車内のフロントの窓に強く水滴が当たり始めてきたため、ワイパーを動かす。バックミラーを見ると、後ろの男性は年季の入った茶色のカバンを見つめていた。
 

「そのカバン素敵ですね。」
そう言うと、その男性はこちらに気づき、答えてくれた。

「ああ。これは私の妻と子供がくれたカバンでね。」
「しかし最近は妻とギクシャクしてしまって。喧嘩をしたままなんだ。」
「そうですか。それは・・・。」

 クロはそう言うと、その先に続く言葉が見つからなかった。
 車内の窓を眺めていたその男性の顔は乗車するときに見た表情はすでに消え、カバンを大事そうに見つめる温かな笑顔がそこにあった。しかし、少し寂しそうにも見えた。

 すると、後部座席から声が聞こえてきた。

「実はこれから向かう目的地の予定時間より早く着きそうだ。

 どこかこの島の周辺を散策したいが、オススメの場所は知らないか。」
 

 そう言うと、その男性はスマホの時計を見た。
 クロはうーん、と頭の中でオススメの場所のマップを広げた。確か今日の天気予報では午後から晴れる予定だったな、と考えを巡らしているが、心の中ではもうすでに決まっていた。ニッと笑いながら答える。

「実は良い場所がありますよ。」




 二車線のコンクリートの道路の坂を上っていく。先ほどまで強く窓に当たっていた水滴はいつの間にかぽつぽつと戻っていく。しかし、曇り空は空一面に続いていた。


 タクシーは勢いをそのままに上り、道路の両側にある木々はそのタクシーを守るように覆っている。

 

 しばらく二車線道路に沿って車を走らせていくと、今まで道路の両側にある木々が少なくなっていた。目の前の視野が広がっていく。

 通り抜けると、そこは水平線と曇り空が一面に伸びておりひっそりと丘が見えた。

 


 目的地にたどり着くと、雲が少し薄くなっているのを感じた。その男性と一緒にその先にある丘の景色まで歩いていく。


 そこにある景色は、一面の花―――はなく、ただ一直線に海と雲。そして、雨によって散った花が一面にあった。

 ここが、と中年男性は答えようとしたところで思わず息を呑む。
 水平線の近くには雲が少なく、じわじわと夕日が顔を出し、私たちの顔を優しく当てていた。

 そして、その男性は足元にある一つの咲いていた花を見つけてしゃがみ込んだ。雨に当たっていてもどうやら散っていなかったらしい。

 その花は誇らしげに夕日と雨の水滴を受け止めてより一層際立っていた。
そうか、と何かを受け取ったらしいその男性は立ち上がった。

「良いものを見せてもらったよ。」

 そう言うと、男性は水平線に続いている夕日を眺めた。私も夕日を眺めながら答える。

「・・・ここは、四季折々の花が咲いて一面とてもきれいになりますよ。」
「今は旬が過ぎてしまいましたけど。」
 

 すると、男性は目線を遠くに置いたまま語り始めた。
「そうか。・・・実は、私は家族の問題だけでなく仕事の問題もあった。」
「上司と部下の板挟みにあってね。」
「上司の意見を反映させつつ、部下の声も聞く。しかし、どうしても空回りしてしまう。」
「すると、責任は私に集まり、そして辞令を受け、ここに来たときには疲れてしまっていた。」

 私はその男性の声を聞いていた。その男性の顔を見ると清々しい表情をしていて印象に残った。

「私はいつかまたここに来たい。今度は家族と一緒に。」
二人はタクシーに戻り、本当の目的地へと向かった。

 目的地に辿り着くと、港の近くの防波堤に一人の男性が釣りをしているのを見掛けた。
「またのご乗車をお待ちしております。」

 私は乗車料金をもらった後、中年男性はタクシーから降車したが少し気になっていたのでそのまま男性の様子を見ていると、その男性は港の防波堤の釣りの男性と何か会話をしているのが見て取れた。話に花が咲いているような様子を感じる。


 私は運転席へと戻り、タクシーを前進させ、駅の近くの白い枠内へ戻って行った。

                              つづく

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