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夜の始まり



時間は、不思議だ。


日々同じ速さで流れているのに、

何をして過ごすか

どんな気持ちで過ごすか、

どんな場所で過ごすか


そうした空間や心の違いによって、

時間の感じ方は全く違うものになる。


この場所での時間は外の空間よりも

ゆっくりと流れているような、

そんな居心地の良さを感じさせる空間だった。


「あ、いけない!仕事のために来たのに忘れるところだった!」

しばらくぼーっと目の前の海を眺めていると、

あっという間に仕事先へ向かう時間になっていた。



部屋の中に置いた荷物から、

仕事に必要なものを取り出し、スーツに着替える。


ここから仕事先まではバイクで10分程、すぐ近くだ。


カードキーと荷物を持って部屋を出ると、

すぐ隣の駐車スペースに停めたバイクからヘルメットを取り出し、

エンジンをかける。


「もうすぐサンセットだから、ゆっくり見たかったなぁ」

ここから見る夕陽は、きっととても綺麗だろう。

今日のような天気なら尚更だ。


少し残念な気持ちを抱きつつも、

仕事の後はまたこの場所に戻ってきて、

ゆっくり友人とお酒を飲んで過ごせる夜を思えば

それはそれで楽しみだな


そんなことを思いながらすぐ表の国道へ出て、

仕事先へと向かった。



「お疲れ様でした〜」

「お疲れ様!奥野さん、ここからやとちょっと帰るの遠いんちゃう?」


この仕事先でよく顔を合わせる女性は私より少し年上だが、

いつも私を可愛がってくれて、

時折プライベートな話をすることもある仲だった。


「実は、今日は前から気になっていた

ここからすぐ近くのホテルに泊まることにしたので、

この後は友人と会うんです」

「へーそうなんや!この近くにそんな場所あった?」

この周辺に長く住んでいる彼女は、興味深そうにこちらを見た。


「はい、国道沿いで海のすぐ近くです。

来る前にチェックインしてきたんですが、とっても雰囲気が良かったですよ!」

「そうなんや!それやったら明日の朝も楽やね。お友達と楽しんでおいで〜」

「はい、ありがとうございます。では、お先に失礼します。」


いつも気さくに話をしてくれるこの女性が私は大好きで、

この仕事先に来る時の楽しみの一つになっていた。


事務所を通り抜けて外に出てスマホを取り出すと、

友人からも「仕事終わったよ〜!今から電車のるね」という

可愛いらしい絵文字のついたLINEが入っていた。


荷物をメットインに入れて、近くのスーパーへ向かう。


折角の空間をのんびり楽しみながら待とう、と

缶のハイボールやお惣菜、友人とつまめるような

スナック菓子をいくつか買って、

ゲストハウスへ帰った。



すっかり辺りは暗くなり、

ゲストハウスの目の前の海も真っ黒。

とはいえ、気味の悪さを感じるような暗さではなく、

周辺のぽつぽつとした灯りと静かな波の音で、

到着時とは違った落ち着いた雰囲気を感じることができる。


先に部屋でスーツから私服に着替えた私は、

フロントのある飲食スペースへ向かった。


到着時と同じ扉から店内に入ると、

カウンターには1人の男性が座っている。

平日ということもあって私と彼以外には客がおらず、

店内は静かだった。


そのおかげで、ゆったりとした洋楽のBGMが

心地よく空間を満たしている。



窓辺の席を選んだ私は、

スーパーの袋からハイボールの缶を取り出した。


「プシュ」っという缶を開ける時の音は

私にとってのONからOFFへと切り替えてくれる

スイッチのような存在だ。


買ってきたばかりのハイボールを呑みながら店内を見渡すと、

チェックイン時に対応してくれた男性以外にも

何人かスタッフがいるようだ。


一人でカウンターに座る男性は常連らしく、

スタッフたちと何か話をしている。

内容までは分からないが時折後ろから笑い声が聞こえた。



レストランとしての営業もしているようだが、

宿泊者は飲食物の持ち込みも自由らしく、


当時パーソナルジムに通い、食事の制限もしていた私は

ハイボールと焼き鳥、サラダという

居酒屋のようなメニューを買ってきて

一足先にのんびりと呑みながら友人を待つことにした。


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