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【短編小説・シリーズ】セラセラハウス

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ある都市、ある街のありふれたマンション「セラセラハウス」。そこに住んでいる住民24人の話をお届けします。シリーズですが、一話ずつ完結なので、どこから読んでも大丈夫です!
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【短編小説シリーズ】セラセラハウス 105号室:好雨

105号室 好雨 ポツンポツンと雨が降り始めた。居月涼介はカッパを取り出そうかと迷ったが、もうすぐ着きそうでそのままペダルを漕いだ。23時を過ぎた住宅街には人影もなく、雨音だけが静かに道を叩いていた。配達用のバックが濡れる前に届けないと。自転車を漕ぐ涼介の足に力が入った。 涼介は目的地に着いて、もう一度マンション名を確認した。そう言えば、先通り過ぎる時見たら、近くの駅前にも同じチェーン店があったのに、なぜ隣駅のチェーン店に注文したのかよく分からなかった。まあ、涼介とは関係

【短編小説シリーズ】セラセラハウス 104号室:お見合い

104号室 お見合い 鏡の中にスーツ姿の中年男性が立っている。紺色のスーツにグレーのストライプ柄のネクタイまでつけている。身体は54歳の割にすらっとしている。お腹も出ていない。どちらかというと、細身でしっかりと筋肉がついている方だ。それは、仕事柄、30年以上肉体労働を続けているからでもある。今着ているスーツも10年前のものだが、滅多に着る機会がないので新品のような状態だった。10年前と体格が変わっていないことに、平石正人はほっとした。 しかし、顔だけは10年分肌が黒くなっ

【短編小説シリーズ】セラセラハウス 103号室:BREEZE * FREEZE

103号室 BREEZE * FREEZE あの人から電話がかかってきた。電話というより、メッセンジャーからの通話だった。そういえば、未だに彼の電話番号も知らない。大塚有海は今更そのことに気が付いた。 『何してるの?』 ちょうど帰宅して玄関のドアを閉めるところだった。入って右側にある姿見鏡の中に映っている有海は濡れていた。冬の雨は寂しい。心の中で独り言を言いながら、今日は初雪が降ると、声を弾ませて天気予報を伝えていたお天気お姉さんの言葉を思い出した。コートから雨粒がぱら

【短編小説シリーズ】セラセラハウス 102号室:三つ子の料理教室

102号室 三つ子の料理教室 どうもー みっちゃんです!三つ子の末っ子だからみっちゃん、そろそろ覚えた?(部屋の奥でカメラを回しているいっちゃんにスマホを向けて)長女のいっちゃん!(自称監督を勤めている目の前のふうちゃんにスマホを向けて)次女のふうちゃん!(撮らないでと言わんばかりに手袋が飛んでくる)、はいはい(自分にスマホを向けて決め顔)三女のみっちゃん! というわけで、今日は特別企画として、三つ子の姉妹が集まってお届けしてまーす!今日の料理教室のテーマは「おうちの変わ

【短編小説シリーズ】セラセラハウス 101号室:名前のない猫

101号室 名前のない猫ねーねー 彼女の声が聞こえて目を覚ました。昨夜飲みすぎたせいか頭が回らない。ここはどこだっけ。カーテンは見慣れた淡い青。ああ、お家だ。よかった。ちゃんと帰ってきたんだ。慌ててベッドの隣を確認した。見知らぬ女の子も連れてきていない。よかった。 ねー また僕を呼ぶ声。1週間ぶりかな。先週は飲み屋を転々しているうちにどこかで出会った見知らぬ女の子を連れてきたのを彼女にばれてしまった。それから彼女は来てくれなかったのだ。ごめんね。 ねー 「はーい、いるよー

【短編小説シリーズ】セラセラハウス プロローグ:引っ越し

プロローグ 引っ越し駅からまっすぐ4分ほど歩いて、右に曲がって4分ほど歩くと、承和色(そがいろ)の3階建てのマンションが現れる。路地から見える3階の角部屋の窓は、今日もオレンジ色の光を発している。この暗い地球の街角に光る四角のお月様のように。18時32分。帰宅時間が早いのか、在宅勤務が続いているのか、毎日この時間その窓はオレンジ色に染まっている。301号室。当然のことながら誰が住んでいるかは分からないけど、遠くから見えるその光に、「あ、うちに着いた」と思う住民も結構いるらしい