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【短編小説シリーズ】セラセラハウス 102号室:三つ子の料理教室

102号室
三つ子の料理教室

どうもー みっちゃんです!三つ子の末っ子だからみっちゃん、そろそろ覚えた?(部屋の奥でカメラを回しているいっちゃんにスマホを向けて)長女のいっちゃん!(自称監督を勤めている目の前のふうちゃんにスマホを向けて)次女のふうちゃん!(撮らないでと言わんばかりに手袋が飛んでくる)、はいはい(自分にスマホを向けて決め顔)三女のみっちゃん!

というわけで、今日は特別企画として、三つ子の姉妹が集まってお届けしてまーす!今日の料理教室のテーマは「おうちの変わった一品」!(部屋の真ん中のテーブルにセッティングしておいた食材にスマホを向けるところで…)

「カットカット!」
そう叫んだのは、次女のふうちゃんだった。
「何よ!今回は嚙んでないのに!」
また撮影を止められて、みっちゃんはイラッとしている。春の緊急事態宣言期間中に暇つぶしに始めたYouTubeの料理チャンネルが、思ったより手間がかかることが分かった。何より美味しくなかった。視聴者には伝えてないのだが。

それで三つ子の姉妹を集めてみたのだが、肝心な料理は何時間経っても始まらず、一日中「カットカット!」の繰り返し。ふうちゃんは完璧主義だから、仲良しのふりしてこんな企画はやるべきではなかったと後悔しているみっちゃんの側で、カメラをチェックしているいっちゃんも、末っ子の甘えに応じるべきではなかったという顔をしている。全部ふうちゃんの独特な美学のせい。

「片栗粉がない」

静かにそう呟いたのは、ふうちゃんだった。
さすがというか、呆れたというか。
「え?要らないよ、この料理には」とみっちゃんの抗議。
「違う。パパ、粉使ってたよ!片栗粉に違いない」と再度主張するふうちゃん。
二人は味方を求めて、いっちゃんの顔を見た。子供の頃と変わらない。みっちゃんとは13分、ふうちゃんとは7分差のいっちゃんは絶対的な審判員なのだ。いっちゃんの判断が間違ったとしても、いっちゃんの結論に従う、それが三つ子のルール。

「ふ~ん……」
いっちゃんは首を傾げてテーブルの上に並んでいる食材一つ一つに目をやった。
「あのさ」
次女と三女は手のひらを合わせて祈りでもするように、長女の言葉を待っていた。

「豆腐がない」
「は?」
ふうちゃんとみっちゃんは唖然として顔を合わせた。

「ちょっと待って。もしかして、三人それぞれ違うもの考えてるんじゃない?」とみっちゃん。
「まさか!うちの変わった一品だとあれしかないじゃない!」とふうちゃん。
「あれってなんだ!」といっちゃん。
「あれよ、あれ!」とふうちゃん。

「独立記念日の!」
三人が同時に答えた。
答えは揃えたのに、記憶は曖昧で、自分勝手で、その日に一緒に食べたことは覚えていても、中身の記憶はバラバラで、どこかで大切な何かを失ってしまった気分になる。

今年はコロナがなんちゃらということで、三つ子のお父さん、大宮和樹が一人でやっている小さな食堂は冬に入ると閉店寸前の状態になっていた。長女のいっちゃんは高校卒業と同時に結婚してすでに子供が二人もいる主婦、次女のふうちゃんはバリバリのキャリアウーマンで、専門学校を卒業してだらだら人生を浪費しながらたまに食堂を手伝っていたのがフリーターの三女、みっちゃんだ。
三つ子なのにこんなに違うのだと、三つ子のお父さん、和樹パパは子供たちが成長するにつれ日々感心していた。三つ子のお母さん、美智子は姉妹が小学校3年生の頃に病気で亡くなったから、男手ひとつで三つ子を育ててきたのだ。同学年なのにいっちゃんが逞しくママの役割をして。

小さな食堂の2階は大宮家のホームスイートホームだった。
長女のいっちゃんが結婚して家を出て、次女のふうちゃんが学費がかからない国立大学に進学すると地方に行って、三女のみっちゃんもなんとなくその頃に家を出た。和樹パパ曰く、独立記念日!パーティーだった。
三つ子の姉妹はお父さんが泣くのではないかと心配していたらしいけど、和樹パパは泣くどころか、「これから俺は自由だ―!」と叫び、笑って、食べて、飲んで、食べて、飲んで、食べつくして、飲みつくして、4人で床で寝た。美智子のお葬式以来だった。そうやって一緒に並んで寝たのは。そして、それが最後だった。それから7年。美智子のお墓がある故郷に帰るタイミングかも知れないと思っている和樹パパだった。

ピンポン!

「あら、もう来ちゃったんじゃない!」と怒るいっちゃん。
「料理は出来上がるどころか、始まってもないのになぁ~ まあ、いいか~」と諦めの早いみっちゃん。
「片栗粉さえあれば~」と片栗粉に執着するふうちゃん。

初めて末っ子の部屋に来た和樹パパは、持ってきた故郷の鹿児島産いも焼酎を食材が並んでいるテーブルに置いて、迷いもなくエプロンをかけた。

「豆腐買ってくる」と財布を探すいっちゃん。
「片栗粉も!」と叫ぶ執着女子のふうちゃん。
「てんぷら粉だよ」と、和樹パパがさりげなく修正した。
「なるほど!!!」と頷く三つ子の姉妹。
「これで、俺の秘密の味がばれたな!ははは」と和樹パパは豪快に笑った。

やっと食材が揃った。

「どうもー!だらしない三つ子のちゃんとしたパパ、かずちゃんです!うちのみっちゃんがいつもお世話になっております!」
「え、パパ、私のYouTube見てたの?」
「つうか、YouTube知ってるの、パパ?」
「しっー 後で、編集してな!」
「パパ、編集も知ってるんだけど」
「うるさいな~ パパをなめるんじゃないよ!エッヘン!」
そして、雰囲気が一変した。
「今日は、特別にスーパーマンのかずちゃんが参りました!うちではですね、 なるべく野菜をとるようにしています。野菜って娘たちと似てるんですよ。万能な白菜は長女、個性的なしいたけは次女、わがままに見えて優しいかぶは三女…かな~」

えっ?えっ?えっ?パパ!!!
分かりやすい説明を加えながら、ちゃちゃと料理を完成していく和樹パパ。さすが料理人(いっちゃんの心の声)。さすが大宮家のスーパーマン(これはふうちゃん)。これはこれは、カリスマユーチューバーになれる(これはみっちゃん)!
初めて見るお父さんの姿に、三つ子の姉妹は言葉を失ってただカメラを回していた。カメラ越しに、変な契り団子が入っている鍋から湯気がゆらゆらと立ち上る。

「では、次回もお楽しみに!」

カメラオフ。

「え、パパ、次回もやるの?」とふうちゃん。
「これ私のチャンネルなんだけど!」とみっちゃん。
「みっちゃんよりうまいわ」といっちゃん。
「うるさい!」
「お姉様にうるさいと!このちび野郎が~」
「温まるう~」
「話を聞け!」
「おいちい~」
「おかわり~」
「やっぱりパパの料理、最高!」

ああ、いつもの景色。みっちゃんは狭い自分の部屋に集まっている家族を見ながら思うのだった。忘れていた。あの2階の大宮家の食卓を。ここ7年間、それぞれ、何回一人でご飯を食べてきたんだろう。うるさくても、たまには、こうやって一緒に撮影しようかな。ついでにパパの美味しい料理も食べられる。ベッドをなくして、撮影スタジオのように模様替えするのもいいかも!想像を膨らませるみっちゃんがいた。

「ねね、明日、みんなでニ*リ行こう!」
「は?」


― ニ*リで三つ子に会えたらよろしく! ―


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