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短編小説 飛べ!少年B

僕は曇天下の高さ一〇メートルの飛び込み台の上にいる。

「ねぇ〜まだ飛ばないの?」ほのかさんが背後から呆れ声で言う。

「いや、だって思ったよりも高くて……」僕がそう言うと、ほのかさんがフェンスに寄り、座り込んだ。

「あんたが飛び込み台から飛びたいって言うから、わざわざ付き合ってるのに、全然飛ばないじゃん」またしても、ほのかさんが呆れ声で言う。

足がすくむ、いくら下が水だからといっても高さ一〇メートルから飛込は高すぎる。

「あの〜一〇メートルからの飛込は痛くない?」僕が恐る恐る、ほのかさんに聞くと。「痛くないよ」ちょっと安心した。
「普通に飛べば痛くないよ。背中やお腹から落ちたら……」最後まで言わない、ほのかさん。

「背中やお腹から落ちたら、なんですか、最後まで言ってくださいよ〜」僕は情けない声で聞いたが、答えてはくれなかった。

どうしよう飛べない、飛びたいなんて言うんじゃなかった。そう僕が飛ぶか飛ばないか悩んでたら。

「ねぇ〜なんで飛び込みたいなんて言ったの?怖いんでしょ?無理に飛ばなくていいんじゃないの?」後ろから呆れ声で聞いてきた、ほのかさん。

「別に飛びたい訳じゃない、度胸試しだよ。友達にいつもびびってないで度胸見せろって言うから……」僕は小さい声で言った。

「そう。で、その友達は?どこで見てるの?」ほのかさんが聞いてきた。

「見てないよ……。これは練習だよ、本番は夕陽崖から海に飛び込むんだ……」度胸を見せるために友達にそう約束してしまったのだ。
夕陽崖は名前のとおり、夕陽が綺麗に見えることから呼ばれてる。
夕陽崖周辺は比較的、海が穏やかで、飛び込もうとするバカがたまにいる。僕もその一人だ。

「やめた方がいいって。夕陽崖はここより高いんだから。怪我するよ。そんな度胸の見せ方するくらいなら、びびりな方がマシだよ」ほのかさんはため息吐きながら、僕にやめるよう言った。

だけど、度胸がない自分とも決別したい。飛び込むことが度胸があるってことでもない。けど約束はした。
飛ぶって約束したら、飛ばないと。約束は守らない、度胸のない、ただのびびりだ。それだけは嫌だ。でもやっぱり高すぎるぅぅ。

僕がそう思っていたら急に背中を押され、飛込台の先まで押された。
「えっ、ちょ押さないでくださいぃ」フェンスを掴み、なんとか落とされずに済んだが、まだ押してくる。

「飛ぶんだろ。グズグズしてないでさっさと飛べよ。そんなんじゃ本番は飛べないぞ。飛べ!少年B!」ほのかさんがそう言いながら押してくる。

「ちょっ、押さないでくださいよ本当落ちちゃいますよ」押してくる、ほのかさんにそう言いながらフェンスを必死に掴む。

「押さなきゃ飛ばないだろ?一度飛べば次も飛べるから、さっさと飛べ!」少し怒りながら、ほのかさんは飛べるように僕を押してくれるが、このまま押されたら、飛ぶって言うか、落とされるだよ。

「飛ぶから、飛びますから押さないでください。ほのかさん」そう言ってもまだ押してくる。

「少年B、キミは度胸がない。だからわたしが押して度胸つけさせてやる」僕は落ちないようにフェンスを掴む。
落とされそうになれば誰だって落ちないよにするのに、ほのかさんはまったく押すのをやめない。

「お願いです。本当に飛びますから押さないでください。」僕が涙声で言ったらようやくやめてくれた。

「ハァ、ハァ、死ぬかと思った」人に落とされそうになるのがこんなにも怖いとは。髪が長くてスタイルも良く美人のほのかさんがこのときばかりは悪魔に見えた。

だけど、これで決心した。いい加減、飛び込もうと、いつまでもグズグズしてないで、飛ぼう。

覚悟を決めて、飛込台の先に立ってプールを見下ろした。
高い、高い、そう思うけど、飛ぼう。

「ようやく飛ぶ気になった?少年B」ほのかさんが少し笑いながら言った。

「飛びます!僕の名前はケイタです。」そう言いながら、僕は飛んだ。

あいにくの曇り空だったが、僕の気持ちは晴れて清々しい気分だった。

終わり。

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