短編小説 「マッチ売りの少女の逆襲」
冬の夜、冷たい風が頬を刺す。私は手に持つマッチ箱を見つめながら、父親の言葉を思い出していた。「今夜こそ、もっと売れよ。酒を買う金がいるんだからな」と、乱暴に言い放たれた言葉が耳にこびりついて離れない。路上に立つ私の周りには、雪が静かに降り積もっている。
通り過ぎる人々は皆、忙しそうに行き交い、誰も私の声に耳を貸そうとはしない。マッチを売るために叫び続けても、その声は冷たい風にかき消されてしまう。「マッチはいかがですか?温かいマッチをどうぞ」と、何度も繰り返しながら、次第に声がかすれていく。
たくさん手元に残るマッチ。体の冷えが骨まで届くような気がして、とうとう耐えきれず、マッチを一本取り出して火をつけた。小さな炎が揺れ、ほのかな温もりが指先に伝わる。目を閉じると、次の瞬間、不思議な光景が目の前に広がった。
それは、銀行の裏口横の小窓の映像だった。鍵が開いているのが見えた。「これは、チャンスかもしれない」と、心の中でつぶやいた。マッチの火が消える前に、私は決意した。深夜になったら、あの窓から銀行に忍び込もうと。
夜が更け、通りに人影がなくなるのを見計らって、私はそっと銀行の裏口に向かった。寒さを感じることも忘れ、心臓が激しく鼓動する中、小窓から銀行内部に忍び込んだ。暗闇の中、足音を立てないように慎重に進んでいくと、帳簿が並ぶ部屋にたどり着いた。
「ここに父親と自分の口座名簿があるはずだ」と、息を詰めて探し始めた。そして、見つけた帳簿に架空の多額を書き込む。心の中で何度も「これでいいんだ」と言い聞かせながら、震える手で筆を走らせた。
翌朝、私は銀行から出てきて、街の中を歩いていた。心には一抹の不安が残っていたが、父親の厳しい顔を思い出し、その不安を振り払った。しかし、悪事がバレるのは時間の問題だろうと感じていた。
数日後、街の噂話が私の耳に届いた。銀行で何か不正が行われているという話だった。人々がざわざわと話す声が、まるで耳鳴りのように頭の中で反響する。その瞬間、心臓が冷たく締め付けられるような感覚が走り、背中には冷や汗が滲んだ。私は思わず立ち止まり、胸の鼓動を抑えようと深呼吸を繰り返した。
「どうしよう……もう逃げるしかない」と、心の中で自分に言い聞かせた。恐怖と不安が混じり合い、頭の中は混乱していたが、それでも最後の悪事を遂行するしかないという決意が固まった。夜が来るのを待ち、再び銀行に忍び込む準備を始めた。
深夜、街が静まり返り、月明かりが淡く地面を照らす中、私は銀行の裏口へと向かった。足音を立てないように注意しながら、小窓から再び内部に忍び込んだ。暗闇の中、冷たい金属の感触が指先に伝わり、息を殺して進んでいく。心臓の鼓動が耳元で鳴り響き、緊張で手が震えた。
帳簿の部屋にたどり着くと、私は慎重に扉を開けた。暗闇の中で目を凝らし、手探りで帳簿を探し出した。そして、別名義の架空の口座を作り上げるため、空白のページを開いた。手が震えないように深呼吸をし、ペンを握りしめて慎重に文字を書き込んでいく。
「一生困らない程度の金額……」と、自分に言い聞かせながら、数字を慎重に記入していく。頭の中には父親の怒鳴り声や冷たい視線が浮かび、それを振り払うようにさらに集中した。失敗は許されない、これが最後のチャンスだという思いが胸を支配していた。
全てを書き終え、帳簿を元の場所に戻すと、私は足早にその場を立ち去った。冷たい夜風が頬を撫で、心臓の鼓動が少しずつ落ち着いていくのを感じながら、街の闇に紛れ込んだ。
外に出ると、まるで重荷が降りたかのような解放感が広がったが、その一方で胸の奥には罪の意識が残った。心の中で自分を責める声と、それでも生き抜くために必要だったという言い訳が交錯していた。
その後、私は警察に父親のことを密告した。「あの人が全部やったんです」と、涙ながらに訴えた。警察は私の言葉を信じ、父親を逮捕した。
その日から、私は新しい名前と身分で生きることにした。寒さに震える夜も、酒に溺れる父親も、もう私の人生には存在しない。私の心には自由が広がっている。しかし、その自由の代償が何であったかを、誰も知らない。
時間を割いてくれてありがとうございました。
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