短編小説 「もしも男だったら」
少し寝坊してしまった。布団を蹴飛ばしたままの姿勢でしばらく天井を眺めた後、スマートフォンの画面を眺める。友人たちのSNS投稿がずらりと並んでいて、皆それぞれ充実した土曜を過ごしているようだ。
「なんとなく外に行きたいような、行きたくないような……」
独り言をつぶやき、重たい体を起こして洗面所に向かう。鏡に映る自分の姿は、髪の跳ねが少し気になるくらいで特に変わりばえはしない。だけど今日はちょっとだけ気分転換したくて、髪を後ろに束ねてみた。というか、髪をとかすのが面倒。化粧も面倒だから大きな黒縁の伊達メガネで隠そう。休みだし。
服も適当に中学のジャージでも……いや流石にまずい。グレーのワンピースにしよう。毎日毎日、着る服を考えるのなんて面倒ね。スーツ出勤の会社に就職すればよかった。そしたら、休日くらい楽しくコーデできる……はず。
「はぁ、男だったら白のタンクトップにベージュのハーフパンツと麦わら帽子で済むのかな」考えても仕方がない。
「さて、出かけようか」白いカバンを肩に掛けカフェに向かおう。
玄関を開けるとずいぶんとどんより曇っている空が目に入った。日焼け止め塗るの忘れた。別にいいさ。歩こう。
駅前のカフェに着くころには、空がすっかり晴れていて、風は少し乾燥している。カフェの入り口を開けるとコーヒーの香ばしい香りが鼻をくすぐった。
店内は木目調の家具でまとめられていて、壁には小さな観葉植物がところどころ飾られている。お洒落なBGMが小さく流れ、窓際には休日を楽しむカップルや一人読書に没頭する人の姿。
奥のテーブル席が空いていたからそこに腰を下ろした。メニューを開きながら、ふと「男だったらどういうカフェに来るんだろう」とぼんやり妄想してしまう。
「男になったら、きっと大きめのカフェラテを頼んで、無造作に……いや、意外とスイーツが好きかもしれない」
メニューを閉じ、店員さんに「ホットココアとチーズケーキをください」と告げる。
カバンには少し前に読み始めた文庫本がある。ぱらりと開いてみるが、頭の中には「もしも男だったら」という妄想が渦を巻いていて、文字が全然頭に入らない。仕方なく本を閉じ、指先をアゴに当てて想像を膨らませる。
「男の私」がもし存在するならば。背はどれくらいだろう。
背は178センチは欲しい。いやでももっと高いほうがいいかもしれない。205センチとか。頭はどんな髪型にしよう。短髪に軽くセットして、ちょっと清潔感を出すのがいいかも。
もし「男の私」が女を好きになるなら、どんなタイプに惹かれるんだろう。
髪は長くて茶髪でストレートいや、ゆるふわかな。服装は白のワンピースとか、膝上スカートかな。いや絶対違うな、男なら顔と胸で決めるか。それ以外を考えるのは無駄ね。
デートプランはどうだろう。海辺のカフェでモーニングを楽しんだり、映画館でポップコーンを片手にロマンチックコメディを観たり、夜は夜景の綺麗なバーでカクテルを……。そんなの計画する男はいないか。
きっと私が男になったら頭の中は「とっとやりてぇー」ばかりだな。
いやでも、見返りを支払えば現れるというか、エスコートしてくれるか。この前の男には「すごい」を連発したらそれなりにエスコートしてくれたか。
「妄想だけでもちょっと満足かも」
「やっぱり私は女のままだな」そのままが私だ。
視界の端に、テーブルにちょこんと残ったココアの滴を見つける。さっき溢れた分が少しだけ光っている。さも涙のように見えて、その光に何だかおかしくて笑いそうになる。
「さ、帰ろう」
バッグを持ち、会計を済ませてドアを開けると、外気が頬を刺すように冷たい。でも不思議と心は温かかった。男にはならないけれど、男だったらきっとこんな風に生きてみたいと思った。どんな姿でも、私の中にある妄想が心を軽くしてくれる。
真っ白な息を吐きながら帰りの道を歩く。ビルの谷間を抜ける風が強く、髪が揺れる。きっと「男の私」だったら、この風をカッコよく受け止めてユニクロのウルトラライトダウンを渡してくれるかな。
もしも男だったら……なんて思いながら、頭の中で勝手に映画のようなシーンを描き続ける。
時間を割いてくれてありがとうございました。
もしよかったら、コメント&スキ、フォローお願いします。
テヘペロ。