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短編小説 「親指姫と赤ツバメ」


小さなユースタスが目を覚ますと、部屋の窓から差し込む朝の光が彼女の赤い髪を輝かせていた。光がカーテン越しに柔らかく部屋を照らし、彼女の目を覚ます優しい目覚まし時計のようだった。チューリップの花から生まれて3年が経ち、その花びらの色を映したような赤い髪を持つユースタスは、今や大人の女性へと成長していた。

外の庭には色とりどりの花々が咲き乱れ、風に揺れる花びらがまるで彼女を歓迎するかのように踊っていた。その光景は彼女の心に親友カナヘビとの思い出を鮮やかに蘇らせた。カナヘビとの日々は、彼女の成長を見守ってくれた大切な時間だったが、カナヘビは最近結婚し彼女の元を去ったことで、ユースタスの一人の時間が長くなっていた。

その日の朝も、ユースタスは一人静かに庭を見つめていた。しかし、その静けさは突然の訪問者によって破られた。緑の草を揺らしながら、ヒキガエルが彼女のもとへやって来たのだ。彼の皮膚は露に濡れ、朝日に反射して輝いていた。

「ユースタス、旅に出よう。新しい冒険が君を待っている」と、ヒキガエルは深く低い声で誘いの言葉をかけた。ユースタスは一瞬ためらったが、心の中で決意が固まるのを感じた。彼女はカナヘビに別れを告げるために庭の端に向かい、その手を振った。

「カナヘビ、ありがとう。私は旅に出るわ」と、心の中で呟いた。カナヘビは遠くからその様子を見守り、微笑みを浮かべながら頷いた。ユースタスはヒキガエルの後を追い、新たな冒険への一歩を踏み出した。朝の光が彼女の背中を押し、風が彼女の頬を撫でた。


旅の途中、ヒキガエルの表情が次第に険しくなっていく。目には冷たい光が宿り、ユースタスを見つめるその視線はまるで獲物を狙う猛禽のようだった。広がる草原を進むうちに、ユースタスの心に一抹の不安が芽生えたが、ヒキガエルの誘いに従って歩みを止めることはない。

やがて、彼らは薄暗い森の奥深くにたどり着いた。そこに待ち受けていたのは、金属の光沢を放つコガネムシのバイヤーだった。ヒキガエルはユースタスを冷たく突き放し、取引のテーブルに彼女を差し出した。コガネムシは彼女を冷徹な目で品定めし、ヒキガエルと交渉を始めた。

「レッドチューリップの子。こいつは特別だ」とヒキガエルが言った。コガネムシは興味深そうに触角を動かし、金貨5枚と古びた旅の書をテーブルに置いた。

ユースタスは体を震わせ涙を流していた。「何をするの?」彼女の声は震えていたが、ヒキガエルは冷たく笑いながら答えた。「君はただの商品だよ、ユースタス。これからもっといい場所に行けるさ」取引が成立すると、ユースタスはコガネムシに引き渡された。彼はすぐに彼女をオークションにかける準備を始めた。

華やかなオークション会場に連れて行かれたユースタスは、豪華なシャンデリアの光が煌めく中、多くの目に注がれた。会場は熱気に包まれ、驚きと興奮の声が交錯していた。ユースタスの心は恐怖と絶望に満たされていたが、その美しさは一層輝きを増していた。

「レッドチューリップの子、オークションの目玉商品です!」司会者が高らかに叫ぶと、参加者たちは一斉に競り合いを始めた。金貨の音が響き渡り、ユースタスは無力感に苛まれながらその場に立ち尽くしていた。

やがて、ブタモグラが金貨3000枚で彼女を落札した。彼の目には欲望と冷酷さが混じり合っていた。ユースタスはそのままモグラの豪邸へと連れて行かれ、そこで踊り子として働くことを余儀なくされた。モグラの豪邸は地下に広がり、豪華な装飾が施されていたが、その美しさはユースタスにとってただの牢獄の冷たい壁に過ぎなかった。

ある日、地下の部屋の片隅でユースタスは瀕死状態の赤ツバメを見つけた。暗闇の中、ツバメの小さな体は冷たい石の上に横たわり、その羽は無惨にも傷ついていた。かすかに震える体は今にも息絶えそうだった。ユースタスはその場にひざまずき、優しくツバメを抱き上げた。

「どうしたの?大丈夫、私があなたを助けるわ」ユースタスの声には、長い間失われていた温かさが戻っていた。彼女の優しさがツバメの小さな体をそっと包み込んだ。モグラの目を盗みながら、ユースタスは毎日少しずつツバメを介抱し始めた。食事を与え、傷の手当てをし、ツバメの羽をそっと撫でるたびに、彼女の心は温かくなった。地下の冷たい空気の中で、ツバメの命の火は少しずつ、確実に燃え上がっていった。


ツバメが少し元気を取り戻した時、彼はユースタスに語りかけた。「ユースタス、ここを一緒に抜け出そう。天の国へ行こう」その言葉を聞いた瞬間、ユースタスの心にも希望の光が差し込んだ。

「そうね、一緒に行こう」ツバメの提案は、彼女にとって新たな未来を示した。彼女の心は希望に満ち、二人は天の国への旅立ちを誓った。地下の冷たい空間から抜け出すため暗闇の中で彼女たちは計画を練り、希望の光を胸に抱きながら、自由への一歩を踏み出す時を待った。

夜が深まり、地下の迷路は静寂に包まれていた。ユースタスはツバメの背中にしがみつきながら、心臓が高鳴るのを感じていた。モグラたちの見張りを避けるよう、二人は音も立てずに廊下を進んだ。冷たい石の壁が彼女の指先に触れ、闇の中で方向感覚を失いそうになる。しかし、ツバメの羽ばたきが微かに空気を動かし、彼女に希望を与え続けた。

「もう少しだユースタス。もう少し、あと少し……」ツバメが囁く。彼女の体は震え、額から汗が滲み呼吸が早くなっていた。やっとのことで地下の出口にたどり着いた時、背後から足音が近づく音が聞こえた。ユースタスの呼吸が荒くなり、ツバメは彼女を励ますように翼を大きく広げた。

「早く乗って!」

ユースタスはツバメの背中に飛び乗り、強く羽ばたく彼を信じて空へと飛び立った。地下から抜け出すと、冷たい夜風が彼女の赤い髪をなびかせ、自由の風が彼女の心に満ちた。星が瞬く夜空が広がり、ツバメの羽音が静寂を破った。しかし、飛び立ったのも束の間、モグラたちの追っ手がすぐに現れた。闇の中から放たれた毒矢が、まるで死の使者のようにユースタスたちを襲った。鋭い音と共に、一本の毒矢がツバメの羽に突き刺さった。

「ツバメ!」ユースタスの叫びが夜空に響いた。ツバメの羽ばたきが一瞬鈍り急降下した。しかし、ツバメは力を振り絞り、翼を大きく広げて再び飛び立った。彼の勇気がユースタスを支え、二人は再び夜空を駆け抜けた。

「こんなに美しい夜空は初めて……」ユースタスは涙を流しながら、ツバメの背中にしがみついていた。

「これからはもっとたくさんの美しい景色が待っているさ、ユースタス。僕たちは自由だ」

しかし、ツバメの体力は限界に近づいていた。毒矢の痛みに耐えながらも、ツバメは最後までユースタスを守り続けた。やがて、彼らは美しい天の国に到着した。黄金色の光が二人を包み込み、ユースタスの目の前には夢のような壮大な宮殿と花々が咲き乱れる庭園が広がる。しかし、その時、ツバメの力は尽き果てた。彼の体はゆっくりと地面に降り、ユースタスの腕の中で最後の息をついた。

「ツバメ……」ユースタスの瞳から涙が溢れた。ツバメの最後の言葉が彼女の心に深く刻まれた。「僕のことは忘れないで。君の自由を守るために僕は飛び続けたんだ」

ユースタスはツバメの遺志を胸に、天の国で新たな生活を続けた。彼女の心には、ツバメとの冒険と別れの思い出がいつまでも輝き続けた。





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