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短編小説 「夏休みの海」



夏休みも終盤に差し掛かった8月のある日。高校生のハルキはエアコンが効いた部屋で、ひたすらスマホをいじっていた。画面をスクロールする指先には、何の感情もこもっていない。夏の初めには「何かやるぞ」と意気込んでいたはずなのに、結局何も成し遂げられず、ただ時間だけが過ぎていった。

部屋の窓からは、夏の陽射しが差し込んでいるが、カーテンは閉ざされたままだ。エアコンの音が静かに部屋を支配し、外の暑さを忘れさせる。しかし、その涼しさの中でハルキの心は不思議と重かった。スマホの画面にふと目を落とすと、日付が「8月28日」と表示されているのを見て、急に胸がざわついた。

「やばい、夏休みが終わっちゃう……」

ハルキは突然、何かしなければという焦燥感に駆られた。もう一度スマホの画面を見つめ、頭の中で何か「夏の思い出」を探し始めた。だが、思い浮かぶのはただただ寝転がっている自分の姿ばかりだ。

「このままじゃ、何もないまま夏が終わっちまう……」

ハルキは急に立ち上がった。部屋の涼しさから一歩踏み出すと、外の熱気が肌にまとわりついてきた。とりあえず、駅に向かうことに決めた。目的地も決めず、ただ電車に乗ってみることにしたのだ。駅に着くと、ふと千葉県の勝浦行きの電車が目に入った。

「そうだ、海でも見に行こう」

勝浦までは電車で約2時間。スマホで調べると、ちょうど夕方に到着しそうだった。ハルキはそのまま電車に飛び乗った。車内は思ったより空いていて、窓からの風景が次第に都会の喧騒から緑の広がる田舎へと移り変わっていくのを眺めながら、ハルキは心の中で何かが少しずつ軽くなっていくのを感じた。

やがて、電車は勝浦に到着した。駅から歩いて10分ほどで海にたどり着いた。そこには、広がる水平線と、ゆっくりと沈む夕陽があった。波が穏やかに打ち寄せ、砂浜はオレンジ色に染まっていた。ハルキはしばらく無言でその光景を見つめた。

「何もしていなかったけど、これで良かったのかもしれない」

そう思った瞬間、心の中のモヤモヤが溶けるように消えていくのを感じた。夏休みの終わりに、たった一つだけでも、こうして心に残る風景を見つけることができた。それだけで十分だと、ハルキは思った。

帰りの電車に乗り込む前、彼は海を振り返り、最後の夕陽を心に焼き付けた。そして、何かが新しく始まる予感を胸に、静かに駅へと歩き出した。

その日、ハルキは勝浦の海で、夏休み最後の思い出を手に入れた。




時間を割いてくれてありがとうございました。

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