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短編小説 「湯船の彼女」

その日、彼女は僕の目の前に座った。


大学の授業とアルバイトでくたくたに疲れた体を、自宅アパートの風呂で癒していたときのことだ。水面に浮かぶ薄い湯気が、室内の灯りに照らされて優しく揺れている。まるでその温かさが、僕の日常の重荷を少しずつ溶かしていくようだった。

そんな穏やかな時、ドアが静かに開いて、彼女のアイリが入ってきた。すぐさま僕は、手で股間を隠してしまった。まさか、彼女が突然入ってくるとは思わなかった。彼女は何事もなかったかのように、イスに腰をおろしてシャワーを浴び始めた。茶髪のロング髪が水に濡れてまとまって、彼女の肩に滑り落ち、白いなめらかな背中にはブラジャーの赤い痕ができていた。腕を上げた時にすこしだけ見える、胸のふくらみと、濡れた太ももを見ていると、体がほてってくる。いや、湯船に浸かっているからだ……

頭を洗う姿はなんとも思わなかった。でも、泡に包まれながら体を洗う姿はいつまでも見ていたいと思った。知らない女性を覗き魔のように窓の隙間から覗き見ているような気分だった。

体を洗い終えた彼女は胸を隠して左足からゆっくりと湯船に浸かってきた。いま目の前にいる女性は僕の彼女じゃない、全く知らない女性だ。彼女の裸ならまじまじと見ていられる。だけど、いまは目のやり場を探すのに苦労していた。目は見れない、胸もダメだ、『そこ』なんてもってのほかだ。

気づけば天井を見ていた。黒い斑点が一つあった。

「なに隠してるの?もう見られてることくらい、慣れたでしょ?」彼女は笑いながらそう言った。その言葉に、僕はさらに顔が熱くなった。

「え、えあ、そうだね……」と、僕は言葉を濁す。

彼女の左足が僕の右足に重なった。

そろそろ出たい、僕は十分浸かっているはずだが、出かたがわからない。立ち上がることは確実、問題はそのあと、どっちの足から出ればいい?左足?右足?右足なら彼女に尻を向けて出ることになる、左足なら『モノ』を彼女に向けながら出ることになる。隠しながら出るのはおかしくはないマナーだ、だけどおかしい。

「ベッドよりも興奮する?」と、その言葉は壁にぶつかり、床にぶつかって、僕の耳に入ってきた。そう、ベッドよりも興奮していた。ただ、理由は別の女性に見えているからなんだ。ごめんなさい。

「うん」と、うなずき、彼女はそっぽ向いた。その姿がちょっと可愛いかった。そっぽを向く理由は僕もわかる、ベッドの時に一番興奮してほしいのは男も一緒だから。

「なんで胸を隠したの?」と、僕は心の中で自分を殴り殴って、一トンの爆薬で木っ端微塵に爆破した。


「同じ理由かな」と、彼女はにっこりと笑った。




時間を割いてくれてありがとうございました。

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