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短編小説 「見上げた空」


突然仕事が休みになった。

普段なら、今ごろ会社のデスクに座ってパソコンの画面に向かっているはずだった。けれど、今日は少し違う。会社が入っているビルの点検があるとかで、午前中で仕事が終わってしまった。

突然与えられた半日の自由時間に、僕はどう過ごせばいいのかわからなかった。外に出るわけでもなく、ただ家に帰り、ベッドに横たわってぼんやりと天井を見つめていた。

ふと、窓の外の光が気になって、ベッドから少し体をずらし、空を見上げることにした。

「こんな時間に空を見上げるのは、久しぶりだな……」

普段は朝、出勤前のまだ薄暗い空と、帰宅時の夜空しか見ることがない。出社したら昼間の時間は社内で過ごし、食事も社内で済ませる。休みの日だって、だいたい夕方まで寝ているから、昼間の空をこうして眺めることなんて、本当に久しぶりのことだった。

青い空が広がっていた。高いところを見上げると、そこには真っ直ぐに伸びる飛行機雲があった。真っ白な線が、青いキャンバスに描かれているようで、ただそれを見ているだけで、不思議と心が落ち着いてくる。

飛行機雲は、少しずつ広がっていく。最初は細くてシャープだった白い線が、時間が経つにつれて少しずつ形を失い、やがて消えていく様子を、僕はぼんやりと見つめていた。

「飛行機雲って、こんなふうに消えていくんだな……」

昼間の空なんて、もう何年も見ていなかったかもしれない。いつもは仕事に追われ、時間に追われ、気づいたら日が暮れている。そんな日々の中で、空を見上げる時間さえ忘れていたことに、今さらながら気づかされる。

飛行機雲が完全に消えた頃、僕はベッドの中で少し伸びをした。静かに流れる時間、何も考えず、ただ空を見上げているこの瞬間が、何とも贅沢に思えた。普段の生活では得られない、このゆったりとした時間。こんな風に過ごせる日が、もっとあってもいいんじゃないかとさえ思った。

風が窓からそよいでカーテンが揺れ、柔らかな光が部屋に差し込んでいる。時計を見ると、まだ午後の早い時間だった。でも、そんなことはどうでもよかった。今日はもう何もしないと決めた。いつもは休みだって、予定に追われている気がする。だけど、今日はただ、何もせずに過ごそうと心に決めた。

ふと、まぶたが重くなってきた。昼間の空を見上げながら、僕の体は少しずつ眠りに誘われていく。

「今日は、このまま寝てしまおうかな……」

そう呟いた瞬間、僕は深い眠りに落ちていた。

次に目を覚ましたとき、窓の外はすっかり夜になっていた。暗い夜空には、ぽつぽつと星が浮かんでいる。昼間に見た飛行機雲は、もうどこにもない。代わりに広がる夜の闇が、いつも通りの僕の現実を思い出させる。

それでも、今日は少し特別な日だった気がする。




時間を割いてくれてありがとうございました。

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